1700年にフランスの舞踏家フイエが出版した『コレグラフィ』によって舞踏記譜法が広まると、この記譜法を用いて具体的な振付を記した舞踏譜が多数残されるようになった。その内、出版された舞踏譜に比べ、手書きの舞踏譜については筆写者や成立時期などに関する情報が乏しく、そうした資料の基本情報に関する先行研究も少ない。そこで、本研究では手稿舞踏譜について可能な資料研究の方法を模索するため、資料の複写を取り寄せ、また実際に所蔵機関に赴いて調査を行った。 既に第二年度までの研究で、同一の振付を伝える複数の舞踏譜の比較という方法が伝承状況の推測のために有効であることが確認されていたため、最終年度は、現存する手稿舞踏譜集の中でも収録舞踏譜数が際立って多い2資料(フランス国立図書館所蔵)について、同一振付を伝える舞踏譜の資料比較という方法で研究を行った。 具体的には、両資料に共通して現れる12件の振付について、振付と、併記されている伴奏舞曲の両面から記載内容の異同を詳細に確認した。その結果、信頼性という点では両資料の間に優劣を付けがたいこと、記載内容の異同が生じやすい要素と生じにくい要素が存在すること、そして同内容の出版舞踏譜がより早い時期に現れた振付ほど、2つの舞踏譜集に収録された資料間により大きな差異が生まれる傾向にあることが確認された。加えて、手稿舞踏譜の作成に際しては、典拠資料を書き写すような作業の仕方に加えて、筆写者の記憶に大きく依存する形で作業が行われた可能性があるとの仮説を得た。
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