研究課題/領域番号 |
23720104
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
合山 林太郎 大阪大学, 文学研究科, 講師 (00551946)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 日本漢詩 / 明治漢詩 / 漢文学 / 漢詩文 / 東アジア / 東亜 / 森槐南 |
研究概要 |
本年度は、森槐南周辺の幕末・明治期の漢詩壇の活動の把握、および、槐南の中国文人との交流を中心に、以下5点の調査・分析を重点的に行った。このうち、(2)は論文として発表し、(3)は口頭発表を行った。(4)についてはすでに文章化を完了しており、次年度中に論文発表を行う。(1)は次年度も作業を継続する。 (1)森槐南の事跡及び文学活動について、『新文詩』『新詩綜』『百花欄』『毎日新聞』『日本』『東京日日新聞』『国民新聞』などを調査し、槐南関係の情報を収集した。 (2)幕末期の関西漢詩壇の動向について、広瀬旭荘や河野鉄兜、柴秋村らの詩論を中心に考察し、秋村が、近世後期の江戸漢詩壇が推奨する宋末の詩人の作風に対して批判をしていることや、幕末期江戸漢詩壇の大家大沼枕山が旭荘の詩に対して否定的な発言をしていることなどを挙げつつ、関西の詩壇を視野に入れることで、幕末期の漢詩世界の持つ詩的志向の多様性が、より明瞭に把握できることを論じた。 (3)明治10年代に漢詩人として活躍し、槐南とも密接な関わりを持っていた哲学者の井上哲次郎(号・巽軒)について、『郵便報知新聞』や『東洋学芸雑誌』の関係記事、東京都立図書館や国立国会図書館に残された自筆詩稿などを用いて、彼の漢詩制作状況を調査した。とくに、井上の代表作「孝女白菊詩」について、『巽軒詩鈔』所収の形と、新聞や詩稿所載の形とでは、異同があることを指摘し、そこに、井上の漢詩制作の態度、すなわち、「周到精緻」な表現への関心が看取できると論じた。なお、これら(2)(3)で得た知見は、槐南の若年期の活動を分析するための重要な比較の対象となる。 (4)森槐南の中国文人との交流について、明治35年(1902)に日本を訪れた清末の教育家・文人である呉汝綸との漢詩唱和を中心に、明治31年(1898)の槐南の中国渡航や、文廷式や章炳麟など他の清末の文人と槐南との交流・関係なども視野に入れつつ考察した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
槐南の事跡・文学活動についての調査は、明治期の新聞・雑誌からの関係記事の抽出など、順調に情報を収集を行なっており、公表する予定の著述一覧や年譜稿などの形式についても検討が進んでいる。年譜稿については、その形式が問題となるが、現段階では、漢籍流入史、近世・近代漢文学史、日本近代文学史などの点から重要と思われるテーマ・事象を中心に、編年の形で槐南の事跡を整理するかたちを想定している。 また、本年度の主要な研究テーマである槐南と中国文人との交流については、槐南と呉汝綸との漢詩唱和を中心に、一つのまとまった知見を得た。両者の唱和は、20世紀初頭の東アジアの政治情勢について多くの言及を含んでおり、友好や厚誼を内容とすることが多かった江戸・明治期の唱和の営みのなかで、一つの画期をなすものと評価し得る。 このほか、次年度に本格的分析を行う予定である事柄についても、予備的な作業が進んでいる。まず、『唐詩選評釈』(明治26~30年〈1893~97〉)に見える槐南の唐詩理解の分析については、槐南の理解を評価する際に比較の対象となる近世日本の『唐詩選』注釈書の分析が一定程度完了している。また、槐南の詩論や評論についても、一部、その翻刻を終えている。 なお、進捗に関して課題がないわけではない。たとえば、本年度に調査する予定であった槐南の明清詩の受容については、別集『槐南集』所収の論詩詩の解釈を通して分析を行ったが、まとまった知見を得るには至っていない。また、槐南の伝記に関する研究のなかでは、明治31年(1898)の槐南が官僚を辞職するに至る経緯などは、明治期の政治史に関する知識を参照する必要が生じ、考察に時間がかかっている。しかし、これらの問題も、調査・分析の進め方を工夫することによって、克服可能であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究については、以下の4点を中心に行う。なお、4点のうち、(2)(3)(4)については、進捗したものから順次、論文や口頭発表のかたちで成果を公表する。(1)については、年譜稿や著述一覧などの作成を予定している。 (1)槐南の事跡や詩作、評論などについて、本年度に引き続き、新聞・雑誌などを網羅的に調査し、総合的な把握を行う。とくに、洽爾浜において伊藤博文暗殺の流弾を受けるなど、当時の政治的な情勢とも密接な関わりを持つ、槐南の最晩年の事跡を詳細に検討する。なお、調査の過程で、槐南と朝鮮の文人との交流、末松謙澄らをも含む伊藤博文周辺の漢詩文サロンの実態や、槐南の詩についての講義がフェノロサに与えた影響などについても考察を行う。 (2)槐南の明清詩の受容について、別集『槐南集』所収の詩作品の分析を引き続き行い、また、槐南の評論や注釈書などについても考察し、総合的な知見を得る。とくに槐南の、明・格調派の李夢陽や明末清初の大家銭謙益に対する理解について集中的に検討する。 (3)槐南が著した唐詩選注釈書『唐詩選評釈』について、近世中期以降、日本で刊行された『唐詩選』注釈書や明治期の他の漢学者の『唐詩選』解釈との比較を行いつつ、槐南の漢詩理解の独自性や彼が中国詩学から受けた影響について考察する。その上で、槐南の唐詩理解を、近世・近代の漢詩解釈史に位置づける。 (4)槐南が明治25年(1892)に『国民之友』に発表した評論「徳川時代の詩学」を考察する。この文章において槐南が示した近世日本漢詩に対する理解を分析し、それを、近代以降の近世漢詩研究の中に位置づける。また、槐南の近世漢詩への見解を参照しつつ、現在の日本文学研究における、近世漢詩についての通説的な見方を改めることをも試みる。なお、「徳川時代の詩学」は、興味深い内容を含むにも関わらず、現在やや参照しづらい状態にあるため、全文を翻刻し公開することを検討している。
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次年度の研究費の使用計画 |
まず、物品費についてであるが、槐南の事跡・文学活動の調査を初め、研究全体の遂行のため、漢文学関係文献や中国詩学など関連図書や近世・近世の漢詩文集など歴史資料の購入を行う。 旅費に関しては、次年度は、槐南の事跡の調査や文学活動について、詳細な情報確認を行うため、東京大学附属図書館槐南文庫、同大学明治新聞雑誌文庫、国立国会図書館、国文学研究資料館などが持つ槐南関係資料や明治期新聞・雑誌資料を調査する。なお、本年度は、東日本震災などの影響もあり、可能なかぎり、関西または大阪大学において閲覧可能な資料を利用して分析を行った。本年度に予定していた東京の諸機関における調査の一部は、次年度に行う予定であり、そのため、東京出張の回数が当初の計画より増加することが見込まれる。 また、次年度は、1、2回程度の中国での学術調査及びフィールドワークを予定している。これは、槐南の詩の評価のために中国国内で発行された学術雑誌の情報を利用し、さらには、明治42年(1909)の伊藤博文の洽爾濱遭難における槐南の状況を正確に把握するためである。具体的には、北京の国家図書館及び中国東北部における調査を予定している。なお、槐南は、上海、釜山、漢城(現在のソウル)、台湾、沖縄など、様々な場所で詩を制作し、現地の文人と交流している。こうした東アジアの漢文学と密接につながる事柄については、必要に応じて積極的に現地調査を行う。 このほか、資料調査を行った際に文献複写・撮影費が発生する。また、文書作成や画像編集のためのソフトウェアの購入費も必要である。さらには、データ整理を補助者に依頼する場合の人件費や、研究報告書を発行するための印刷費も必要となる。 以上のような研究費の使用を想定しているが、変更が生じる可能性はある。その場合も、研究計画の趣旨に沿った適切な予算の執行となるよう、十分に注意する。
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