本年度は、以下の4点の調査・分析を行い、順調に研究が進展した。このうち、①及び③については論文を発表した。 ①国立公文書館所蔵の明治期行政資料によって、森槐南の官歴を追った。また、明治30年代以降の槐南の事跡について漢詩雑誌『随鴎集』を中心に調査を行った。とくに明治期に来日した清・朝鮮の文人や政治家と、槐南の交流や唱和の具体的な状況について分析し、清末の教育家・文人である呉汝綸と槐南との交流について、『国民新聞』所載の記事などから新見を得た。このほか、明治21年、同42年の朝鮮出張や、明治32年の中国渡航における逸事や詩の制作状況について検討を行った。 ②『唐詩選評釈』や『杜詩講義』などの槐南の中国詩学書について、書誌的事項を確認し、その評論の傾向、参考とされた中国の詩学書について分析を行った。また、近世期日本の漢詩について論じた「徳川時代の詩学」(『国民之友』145~173号、後に『作詩作文之友』などに掲載)については、今日の近世・近代の日本漢詩研究に対しても大きな示唆を与えるものと評価し、全文を翻刻した上で注解を付し精読した。 ③森春濤・槐南父子へとつながる近世後期からの漢詩の詩風について検討を行い、その一つの源流を、梁川星巌らによる江戸後期に始まる唐詩の尊重の主張に見出した。この知見を踏まえ、今日、通行の文学史的認識となっている、近世後期以降、漢詩の世界では抒情が尊重されるようになったという見解について、補足あるいは再検討が必要であることを指摘した。なお、これらの検討に付随し、藤井竹外「芳野」など、幕末期の有名な漢詩作品について考察を及ぼした。 ④このほか、槐南と明治期の小説・新体詩など新文学との関わりについて分析するとともに、槐南の中国詩学とエズラ・パウンドらの漢詩理解との関連についても情報収集を完了した。
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