研究課題/領域番号 |
23720139
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
中川 千帆 奈良女子大学, 人間文化研究科, 准教授 (70452026)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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キーワード | 心霊主義 / 霊媒 / 社会改良運動 |
研究概要 |
今年度は、世紀の転換期アメリカの病と癒しに関する研究に着手し始めた年であり、その皮切りとして当時の小説家のなかでも、当時高い評価を受けていたリアリズムの小説家たちの小説のなかにテーマを見出し、研究するという手法を取った。その結果は、1回の国内での学会発表と、1回の国際学会での発表に結実している。 国内学会での発表は比較的知られていない連作小説(_The Whole Family_)を題材として、その小説のなかに時代を反映する病、近代、心霊主義、神経衰弱などのキーワードが見られることを指摘し、それがこの複数の作家において問題解決のための手段として用いられていることを読み解いた。この作品、そしてこの研究については、学会に参加していた研究者たちにはそれほどなじみのない分野であり、研究の価値を改めて確認できた。 一方、年度末に参加した国際学会においては、心霊主義そのものがテーマとなっており、多くの興味を共有する学者たちと有意義な時間を持つことができた。この学会では、まさに心霊主義運動と女性の霊媒をテーマとした非常によく知られたHenry Jamesの小説とWilliam Dean Howellsのあまり知られていない小説を分析した。上記の発表論文よりもかなり明確にテーマが示されている小説ではあるが、同じくリアリズム小説ということもあり、心霊主義や霊媒の姿をその当時の真摯な問題意識から取り上げられることよりも、社会情勢の風刺として捉えられがちであったが、この論文では、リアリストたちによる冷媒たちの描写が実はその当時の思想を反映するものであることを指摘した。この学会は、19世紀研究の学会であったため、普段交流のない歴史学者たちとも交流することができた。この学会ではこの分野において実績のある学者たちとの議論を通じて、新しい視点や知識を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画においては、The Whole Familyの後、医学小説等の研究を進める予定であったが、同じアプローチを取るリアリズム小説の中における霊媒や心霊主義の姿を分析することとなった。それは最初の研究から自然と派生したものであり、この程度の計画変更は予測可能の範囲である。 また大学業務のスケジュールにより、長期間の海外渡航が叶わず、現地における資料集めやリサーチが行うことができなかったのも遅れの理由である。
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今後の研究の推進方策 |
今後はリアリズムの作家の心霊主義と医療を描写した作品を中心に進めていく。それらの作品は人間と社会を医学という視点からの当時の理解を提示しており、特に医師であったOliver Wendell Holmesの医学小説は、非常に興味深い視点を明らかにしてくれることと思われる。彼の医学小説は現在ほとんど読まれることはないが、精神の病と遺伝の問題を扱っており、優生学思想の影響を読み取ることができると同時に、専門家の立場からの当時の精神と身体の関係についての理解を見ることができる。彼に関する研究は非常に少なく、William Dean Howells等と併せて論じることによってより広く深く世紀転換期の病と癒しに対する理解を得ると同時に、埋もれた作家の再評価の一つのきっかけとしたいと思う。 その他、当初の予定になかったものの、付け加えたいのがHamlin Garlandの研究である。中西部の農家などを題材とした作品で知られる作家であるが、彼は心霊主義研究者でもある。彼の心霊主義を扱った作品は入手が非常に困難であるが、科学と人間の心に対する洞察が含まれ、彼の作品を再評価することもこの研究の一つの目的としたいと思う。 Hamlin Garlandの作品を取り上げることの意義は、リアリズム的視点から心霊主義と科学、病と癒しを捉える作品群のなかに、メスメリストによって抑圧される霊媒のヒロインというゴシック小説的な構図を読み込むことができることである。これは超自然現象を「信じない」作品の構図が奇妙にもゴシック小説と重なるものであり、女性の精神、身体、病を考えるこの研究課題の大きな目的に合致する。 このように24年度は23年度末のNineteenth Century Studies Associationでの発表を土台として、そこからの発展を図りたいと考える。
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次年度の研究費の使用計画 |
24年度においては、23年度に達成できなかった研究のための海外出張を行うことを一つの計画に入れたい。海外での学会発表に対して旅費を使うことが多かったが、今度はアメリカの大学の図書館、そして可能であれば、ニューヨーク州北部にある心霊主義者たちのコミュニティなどへの訪問を行なって、リサーチを進めたい。 23年度はスケジュールの都合上、学会に出席するのみで海外での長期間のリサーチをすることができなかった。そのためリサーチの遅れが生じるとともに、未使用の研究費が残ってしまった。だが、24年度は海外でのリサーチを行うことによって、その分積極的かつ効率的に計画を進めたいと思う。 具体的には、上に挙げたニューヨーク州でのリサーチに加え、23年度の研究の結果として見えてきた新しい小課題も24年度の研究費の使用用途として考えたい。23年度のリサーチのなかで明らかになってきたのは、よりマイナーな、今日ではそれほど文学的評価の高くない作家による心霊主義について書かれた作品の存在である。それらの作品を入手することは、絶版であることから非常に困難であり、比較的余裕のあるスケジュールでの海外渡航の間に古書を探して入手することが理想的である。上に述べたHamlin Garlandについては、晩年を過ごしたハリウッドにほど近いUniversity of Southern Californiaに特別コレクションがあり、そこを訪れることも視野に入れたい。
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