本研究の目的は、19世紀英国の著作権に関わる法制度が当時の劇作にもたらした影響を明らかにすることにある。この研究を通じ、演劇の実践と印刷資本主義の間に揺れ動く「作者」とは何かを再考するための基礎的視角の構築を進めることとする。 具体的には、19世紀の英米両国に渡って活躍した劇作家Dion Boucicaultの作品群を同じく英米2カ国間において出版を行ったSamuel French社による戯曲出版の実践を例に調査した。その結果、英国の著作権法の制度化にも関わらず、英国から米国の再販の通常の流通経路を通り英国初演ののち米国で出版されたことで、それらは不法とされなかったことが明らかとなった。さらに、必ずしも劇作家の本をコピーするだけでなく、戯曲が未出版の場合は、上演を介した速記使用がコピー法の1つであったことが明らかになった。また、当時のSamuel French社によるテクストの正統性について、作者とその出版された脚本の関係に当時の役者が懸念をもっていたことがSamuel French社のテクストに作者の原本に基づいて誤りを正す書き込みがなされているテクストを得たことから明らかになった。 最近の著作法研究では各国ごとの制度史の視点から書かれているが、Boucicaultの訴訟の精読から19世紀戯曲出版において劇作の実践は多国間の法環境によって規定されたものであることが明らかになった。 研究成果は口頭発表で発表したが、新たに19世紀英国大衆文化と出版に関する先行研究の内容を反映させ、近日中に論文として活字にする。
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