研究概要 |
17世紀のイギリス人作家トマス・トラハーン(Thomas Traherne, 1637-74)の文学を、初期近代手稿文化(Early Modern manuscript culture)の歴史的枠組みの中に位置づけて捉え直すことが本研究の目的である。トラハーンのテクストの生成にはしばしば(複数の)他者による「協力的/編集的介入」が認められるという事実に着目することによって、トラハーンの手稿テクストを「それ独自の性質と存在様式を備えた物質的人工物として精査」(Peter Beal, In Praise of Scribes[1998])しながら、社会-文学的制度としての「手書き文字のコミュニティー」(scribal community)における文学テクストの生産・消費過程に関する諸相を具体的に検討していく。最終年度においては、"Church’s Year-Book"を収録するボドリアン稿本(Bodleian MS. Eng. th. e. 51)に焦点を当て、手稿本のページ欄外にマージナリアを書き残している読者が、受容者/編集者としてどのようにテクストの「再-成型」(re-fashioning)ないし「再-提示」(re-presentation)のプロセスに協働的に参与しているかという問題について考察を深めることが出来た。今後の研究においては、イギリス初期近代における手稿文化と印刷文化の共生/競合関係および相互作用の検討というより包括的な課題に取り組むことが要求されるであろう。
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