本研究は、「ポスト国民国家」時代の主体性の在り方をオーストラリア文学の考察を通して探ることを目的としている。初年度から二年目にかけては、先住民文学を中心に分析し、Alexis WrightやJeanine Leaneといった作家の文学作品が、入植者の物語や文化と交渉・折衝しながら、先住民的歴史認識を前景化することで国民国家の物語を脱構築しようとしている様を考察し、論文にまとめた。 最終年度としての本年度は、先の二年間の研究成果を踏まえ、非先住民系作家B. Wongarの文学作品の分析を行った。B. Wongarは、セルビア出身の移民作家であるが、先住民的世界観に基づいた作品を発表してきた。昨年、渡豪し、本作家のインタビューを行い、資料を収集したが、本年度はそれらの分析を行った。その結果、1950年代の英国のオーストラリアでの核実験と、現在まで続くウラン採掘が先住民文化と社会にもたらした影響をテーマに描き続けた本作家の作品群は、母国セルビアでの戦争の経験と先住民への核被害の経験の連累の表象に成功し、国家的戦略の中で展開される戦争や核政策に対する批判を通して、ポスト国民国家的主体を構築しようとしていること明らかにした。これらの分析と考察を、学会での口頭発表と論文にまとめた。本学会発表と論文は、世界的な文化のグローバル化の潮流にあって、ポスト国民国家的文学の新たな在り方を考察したものとして意義がある。また、アメリカ、ヨーロッパで広く紹介され、世界的評価を受けたにも関わらず、核という国家的政策をテーマとして扱ったため、オーストラリアでは認知されず、日本にも紹介されてこなかったWongarという作家の再評価としての重要性をも持つ。
|