研究課題/領域番号 |
23720164
|
研究機関 | 静岡県立大学短期大学部 |
研究代表者 |
垣口 由香 静岡県立大学短期大学部, その他部局等, 講師 (20550776)
|
研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
|
キーワード | 英文学 / サミュエル・ベケット / 歓待 / 国際情報交換 / アイルランド:フランス:イギリス |
研究概要 |
当該年度は研究初年度にあたるため、「歓待」およびベケットに関連する資料・文献を網羅的に収集・精査した。西洋社会における「歓待」という概念の共時的・通時的把握に努め、その上で当該年度の研究計画に則ってベケット文学に書き込まれた「歓待」についての検討を行った。その際、この作家にとっての「歓待」の意義を理解するために、ベケットの草稿や書簡、ノート等を所蔵するダブリン大学トリニティ・カレッジ附属図書館に出張して行った文献調査が、とりわけ有益であった。 本年は、ジャック・デリダおよびエマニュエル・レヴィナスの歓待論を基に、ベケットの演劇作品に書き込まれた「歓待」の分析を行った。その中で、「条件つき歓待」と「無条件の歓待」という二律背反に揺れる様と、「歓待」と霊性の密接な関連性を明らかにした。 本研究の成果は、平成23年8月に開催された国際演劇学会(於大阪大学)Samuel Beckett Working Groupにおいて発表し、国内外のベケット研究者に本研究課題の重要性を広報するとともに、彼らと活発な学問的議論を交えられたことは大きな収穫であった。12月には第38回日本サミュエル・ベケット研究会(於甲南女子大学)のシンポジウムで研究発表を行い、ベケット研究における新しい課題として、その重要性を評価された。また、若手ベケット研究者による論文集の出版準備のため早稲田大学へ出張し、忌憚なき熱い議論を繰り返した。そこでの批判を基に、上述の口頭発表原稿に加筆修正を行いまとめた論文「歓待の失敗―『ゴドーを待ちながら』と他者の迎え入れ」が、平成24年3月に出版された『サミュエル・ベケット!―これからの批評―』に所収されたことが、当該年度の最大の成果となった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第一の研究目的である「ベケット文学に書き込まれた『歓待』の検討」については、該当年度はベケットの演劇作品に対象を限定して実施した。研究対象を演劇に絞ったことは研究計画通りであり、散文作品に関しては次年度以降の課題となる。具体的な研究目的として、ベケット文学における歓待の条件の解明を掲げていたわけだが、ベケットの演劇作品においては「条件つき歓待」と「無条件の歓待」という二律背反が見受けられ、歓待の条件を明白に指示することは不可能であること、またその二律背反は死者の無条件の迎え入れという形で補われていることを明らかにした。これは西洋社会の「歓待」の伝統に挑戦するものであり、現代フランス思想に通じるものである。 第二の研究目的「作家サミュエル・ベケットにとっての『歓待』の検討」については、ベケットの書簡や草稿などを所蔵するダブリン大学トリニティ・カレッジでの文献調査によって概ね達成できたものと考える。しかし、時間的制約のため十分に調査できなかった文献もあり、次年度以降に不足分を補いたい。 「ベケット文学における歓待性と20世紀英文学における歓待性の検討」という第三の目的に関しては、計画通り次年度から文献の収集を始め、最終年度に本格的に着手する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
今後も当該研究課題に関連する図書資料の収集と調査を引き続き行い、研究をより推進していく予定である。当該年度において「歓待」に関する図書とベケットの伝記的資料の収集および調査は概ね順調に進んでいる。しかし、当該研究の目的を達成するための新たな課題として、大戦期のベケットについて詳細な調査を行う必要が生じており、今後は大戦期のベケットに関連した資料の収集・調査に励む必要がある。そのため、平成24年度にフランスのパリおよびサン・ローにおいてフィールドワークを行えるよう、研究計画の一部を変更をする。また、より包括的にベケットにとっての「歓待」を捉えるために、ベケット以外の作家へも目を向け、図書の収集・調査を始める予定である。 研究の成果は国内外を問わず積極的に発表し、当該研究課題の重要性を広報するつもりである。平成24年度は当該研究課題に関する論文を執筆し、平成25年5月出版予定の阪大英文学叢書第7号『移動する英文学』(英宝社)および平成25年3月刊行予定の『言語文化研究』(静岡県立大学短期大学部静岡言語文化学会)に発表する予定である。最終年度には、本研究の集大成として報告書あるいは研究書の出版に向けて努力する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
次年度に請求する直接研究費は70万円であり、これに当該年度の繰越金115円を加える。当該研究費は、物品購入に際し、実質納入額が予定購入額を下回ったために生じたものである。 次年度も引き続き「歓待」およびベケット研究に関連した図書の収集を行う。加えて、次年度からは、20世紀英文学における歓待性について検討するために、ベケット以外の20世紀作家による作品および関連図書の収集も新たに始める予定である。図書等の物品費として20万円程度を使用することになる。 当初の計画では、次年度はイギリスのダラム大学を訪れる予定であったが、ベケットが第二次世界大戦を経験した土地であるパリおよびサン・ローでのフィールドワークに計画を変更する。計画変更の理由は、当該年度の研究によって、「歓待」がベケットにもっとも大きな影響を与えたのは大戦期であることが分かり、この時期の彼の活動等を子細に調査する必要性が生じたためである。7月と12月には日本サミュエル・ベケット研究会(於東京大学、青山学院大学)の例会に出席するため東京に出張し、国内外のベケット研究者と当該研究課題について議論を交える予定である。旅費として50万円程度使用することになる。
|