研究課題/領域番号 |
23720164
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研究機関 | 静岡県立大学短期大学部 |
研究代表者 |
垣口 由香 静岡県立大学短期大学部, その他部局等, 講師 (20550776)
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キーワード | 英文学 / サミュエル・ベケット / 歓待 |
研究概要 |
当該年度はベケットの演劇・散文作品を「歓待」という観点から分析し、包括的にベケット文学と「歓待」を関連付けながら考察することに成功した。 ベケット演劇作品『勝負の終わり』においては、主人が客に「歓待」を与える前提となるhome=舞台空間に着目して、そこで展開される内部へ留まろうとする動きと外部へ脱出しようとする動きを考察した。そしてそこから、『ゴドーを待ちながら』においては舞台空間内で充足していたベケットの歓待性がもはやhome内の「歓待」だけでは不十分となり、空間の内破をもたらすことを明らかにした。この研究の成果は、平成25年3月に出版された『言語文化研究』第12号(静岡県立大学短期大学部 静岡言語文化学会)誌上に論文「『勝負の終わり』における内破する空間」として発表した。 散文作品では主に『ワット』と『名づけえぬもの』の分析を行い、「歓待」と倫理の関係から、作中に描かれる不完全な円環と螺旋図形の表す意味について考察した。これら二つの作品は第二次世界大戦後に執筆されたものであるが、戦争の余波として当時のヨーロッパに生まれた、国という内部から外へと出ようとするコスモポリタニズム的思想をこれらの図形が表しており、歓待の主人から客へと主体が変容する転換点となっていることが分かった。3月にパリに出張して行った第二次世界大戦前後の美術作品の調査が、本研究を進めるに際し非常に有益であった。論文という形での成果発表は次年度になるが、平成25年3月に出版された研究書『ベケットを見る八つの方法――批評のボーダレス』(水声社)ではパウル・クレーという20世紀の画家とベケットに関する論文の翻訳を発表した。 翌最終年度の研究「20世紀英文学における歓待性の検討」に向けて、主に南アフリカ出身のJ.M.クッツェーと日系英国人カズオ・イシグロによる作品の収集も始めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度の研究目標は「ベケット文学に書き込まれた『歓待』の検討」と「作家サミュエル・ベケットにとっての『歓待』の検討」であった。前者に関してはベケットの演劇作品を研究対象とし、後者に関してはベケットの書簡や草稿の調査という形で達成している。 当該年度は、前年度に行った「歓待」という概念の共時的・通時的把握とベケット演劇における歓待性の研究に基づき、散文も含めたベケット文学全体を対象として歓待性についての包括的な研究を行うことを目的としていた。この点で、演劇『勝負の終わり』に加え、小説『ワット』および『名づけえぬもの』に関する詳細なる考察を実行出来たことで、当初の目的は十分に達成されたものと考えている。 この二年間の研究において、ベケット文学における「歓待」の重要性と、「歓待」がとりわけ20世紀の二度の世界大戦の結果として形成された倫理観と深い関連を持っており、ベケットの文学作品だけでなく当時の美術作品にもこのような倫理観が反映されていることが明らかになった。このことは本研究において非常に意義深いことであり、大戦後のヨーロッパ文学と思想史ならびに芸術を結ぶ、領域横断的な研究へとさらに発展させてゆく可能性を意味している。翌最終年度の研究目標として掲げている「ベケット文学における歓待性と20世紀英文学における歓待性の検討」を行うにあたり、この可能性は大変有益なものであり、今後は本年度に収集を開始した20世紀英文学者J.M.クッツェーとカズオ・イシグロ以外にも研究の対象を広げて行きたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後も当該研究課題に関連する資料・文献の収集と調査を引き続き行い、研究をさらに推進して行く予定である。当該年度からベケットとの関連が深く、作家自身の伝記的背景から「歓待」という観点での分析が可能と考えられる二人の英文学者、南アフリカ出身のJ.M.クッツェーと日系英国人カズオ・イシグロの作品と彼らに関する研究書等の収集を開始しているが、これまでの研究を基に今後はこれら二人以外の20世紀英文学者による作品や研究書の収集と精査も行う予定である。もちろん当該年度の研究によって密接な関連を証明することが出来た、大戦期の思想や美術関連図書等も広く収集し、それらの精査を継続させる。研究の対象を広げるにともない、平成25年度は大英図書館とベケットのアーカイブを持つ英国のレディング大学へ出張し調査を行う。大英図書館では、特に現在のところ調査が不足していると思われる大戦期の資料とイシグロに関する資料の収集を行いたい。またアメリカのテキサス大学へ赴き、クッツェーのベケット文学に関する博士論文と同大オースティン校が所蔵するベケットの草稿の調査研究を行う予定である。 研究の成果は10月に行われる日本英文学会中部支部大会あるいは12月の日本英文学会関西支部大会で発表し、当該研究課題の重要性を広報するつもりである。また、研究成果を論文にまとめ、Osaka Literary Review(大阪大学大学印英文学談話会)や『言語文化研究』(静岡県立大学短期大学部静岡言語文化学会)を始めとしたジャーナル誌上に発表する予定である。翌年度は本研究課題の最終年度となるため、集大成としての報告書あるいは研究書の出版に向けて努力する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度に請求する直接経費は90万円であり、これに次年度使用額492,391円を加える。次年度使用額が生じた理由の一つは、当該年度の3月末にフランスのパリへ出張しのだが、スケジュールの関係で当初予定していたよりも出張期間が短くなってしまったために、出張に備え残しておいた研究費が幾らか余ってしまったことによる。また時期的にこの出張に要した旅費の執行が当該年度に間に合わずなかったことで次年度へと繰り越された。しかし、すでに旅費執行のための申請は提出されており、平成25年4月に旅費として38万円が執行されている。さらに、物品購入においても納入時期の遅れにより、翌年4月の執行となったものが4万円程度出てしまった。 次年度も引き続き「歓待」およびベケットに関連する図書の収集を行う。加えて、J.M.クッツェーやカズオ・イシグロを始めとした20世紀英文学者に関連する図書、大戦前後の思想および同時期の美術関連図書の収集も行っていく予定である。図書等の物品費として15万円程度使用することになろう。また、パソコンの購入費としておよそ8万円の物品費も計上する。さらに、次年度は当該研究課題の最終年度となるため、三年間の研究の集大成として報告書等の出版費を20万円程度使用するつもりである。 国内旅費としては、7月と12月に行われる日本サミュエル・ベケット研究会(於東京工業大学、広島大学(予定))の例会と、研究発表のための10月の日本英文学会中部支部大会(於椙山女学園大学)あるいは12月の日本英文学会関西支部大会(於龍谷大学)に出席するのに5~6万円程度を使用する。海外旅費としては、大英図書館とベケットのアーカイブを持つレディング大学と、アメリカのテキサス大学への二回の出張に50万円程度を使用することになる。
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