本研究「ベケット文学における『歓待』」の初年度は、まず西洋世界における「歓待」という概念の検証から始めた。時代の変遷とともに変化するこの概念の意味を通時的に把握するとともに、ベケットが生きた時代の「歓待」の意義について、エマニュエル・レヴィナスやジャック・デリダといった20世紀フランスの哲学者による他者論・歓待論を参考にしつつ考察した。その上で初年度および二年目は、研究の対象をベケットに絞り、その独特の「歓待」について詳細なる分析を行い、ベケットにとっての歓待の(無)条件を明らかにした。研究の成果は、国際演劇学会における口頭発表“The Failed Hospitality in Beckett's Plays”、日本サミュエル・ベケット研究会におけるシンポジウム「異質なものの“arriver”する場-ベケットにおける死者、笑い、想像力」での口頭発表、共著『サミュエル・ベケット!―これからの批評』および論文「『勝負の終わり』における内破する空間」によって広く内外に発信した。 最終年度は研究の対象を広げ、主に20世紀日系英国人作家カズオ・イシグロにおける歓待性ならびにインターナショナリティの研究を進め、それにより「歓待」を英文学研究上の重要課題とすることに成功した。「歓待」という観点でベケットからイシグロへと視線を移すと、他者の無条件の歓待へと限界まで接近しようとする大戦後のヨーロッパ的反省に立つ歓待から、他者よりもむしろ自己に対する閉鎖的で内面的な歓待への変遷が認められた。研究の成果は平成26年3月に発行された『言語文化研究』第13号(静岡県立大学短期大学部静岡言語文化学会)誌上に論文「『インターナショナルな作家』としてのカズオ・イシグロの役割―『日の名残り』におけるスティーブンスの『職業的役割』から」として発表した。
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