本研究は、21世紀英国文学を代表する作家イアン・マキューアン及びゼイディー・スミスが相次いで発表したテクストに顕在する、モダニズム文学の再構築という興味深い現象の意義を検証することが目的である。平成23年度に実施した研究の中心は、マキューアンがヴァージニア・ウルフの代表作『ダロウェイ夫人』(1925)を下敷きに2003年のロンドンを表象した『土曜日』(2005)に関する論文を執筆することにあった。『土曜日』のテクスト構成およびキャラクター設定の主要部分に見られる『ダロウェイ夫人』とのインターテクスチュアリティについて考察し、マキューアンが如何なる目的でモダニズム文学の代表作を同時多発テロ後の世界と重ね合わせたのかという問題を両テクストに共通する「病」をキーワードに検証する本論文は現在投稿中で審査の段階にある。更に本論に関連して、気鋭の研究者マイケル・ウィットワースが発表した最新のヴァージニア・ウルフに関する研究書の書評を平成23年10月に発表したが、歴史的コンテクストを子細に検証しながら彼女の多面性を捉えた本書を批評することは当該研究を発展させる上で、極めて有意義であったと考えられる。また『土曜日』と同じく、ウルフ作品をはじめとする過去の文学テクストが大きな影響を与えているマキューアンの『贖罪』 (2001)に関する論文「ブライオニーのもう一つの罪:『贖罪』における閉ざされたカップル」を発表するに至った。平成24年度においては、マキューアンの『土曜日』と同じく2005年に発表されたゼイディー・スミスの『美について』が、E. M. フォースターの名作『ハワーズ・エンド』(1910)をアップデートすることにより、フォースターの「リベラル・ヒューマニズム」に如何なる新たな解釈を提示しているのか、という諸問題を検証する論文執筆が研究の中心であった。
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