研究課題/領域番号 |
23720167
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
井上 暁子 北海道大学, スラブ研究センター, GCOE共同研究員 (20599469)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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キーワード | 移民 / 国境地帯 / ドイツ / ポーランド / パランプセスト / 東欧 / 体制転換 / 地域 |
研究概要 |
社会主義末期西ドイツへ移住し、体制転換後ドイツ・ポーランド間を移動しながらドイツ語ないしポーランド語で創作するようになった人々は、移住当初から亡命作家ではなかったが、社会主義崩壊後は「在外作家」と呼ばれることさえなくなった。彼らは今日「ポーランド語/ドイツ語作家」として活動している。本年度の成果は、彼らの創作の背景にある社会的歴史的条件と語りの手法の影響関係を明らかにした点にある。まず、1980年代の西独移住がこの地域の歴史と不可分であり、ポーランドの亡命/移住史の中でもかなり特殊な例であることを明らかにした(北大総合博物館で講演、ドイツのポーランド人による文化活動にみられる戦略性については国際学会ASEEESで報告)。さらに、移民社会内の分裂、移民集団に向けられた差別、ドイツ系帰還者のアイデンティティの亀裂といった経験が、彼らの文学においては「読みの慣習」というもう一つの次元と複雑に絡み合い、すぐれた間テクスト性とパフォーマンス性を生み出していることがわかった(論集『反響する文学』、Contemporary Polish Migrant Culture and Literature in Germany, Ireland, and the UK参照)。また、両国を行き来することが可能になった1990年代、彼らは従来の移民像から距離をとり、「東欧」を失われた時空間として描き出していることを指摘した。20世紀のポーランド文学には、国境地帯を多民族的多元的世界の象徴として描く作品や、「言説の集合体」(パランプセスト=羊皮紙)として描く作品が多数存在するが、彼らは、放浪者や地球外生物の視点を導入することにより従来の手法を脱構築しながら、「東欧」の記憶を細分化し、身体化していることが明らかとなった(比較文学会、MCE研究会、フォーラム・ポーランド会議、西スラヴ学研究会で報告)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の目標は、ドイツ/ポーランド国境地帯というトポスの生成/発展の経緯を調査することであったが、調査段階で、このトポスの生成/発展を論じるためには、ポーランド東部国境地帯というもうひとつの重要なトポスにさかのぼる必要があることが分かった。そこで、両トポスの関係を明らかにし、それを移民(移動者)の文学とつなぐ「地域を想起する語り」について考察を進めた。その結果論点は見えやすくなったが、議論全体はやや図式的となった(今年度報告をした複数の研究会で、そうした問題点が指摘された)。こうした問題点を克服するためには、ポーランド東部/西部国境地帯の文学について研究することが必要であると実感した。また、今年度は渡欧する機会があったので、文化機関「ボルシア」(ダリウシュ・ムッシャーのドイツ語作品を翻訳し、ポーランドへ逆輸入するプロジェクトを行う)を訪ね、調査を行った。この内容は、平成24年度の研究計画を先取りするものである。また、3月の西スラヴ学研究会では、平成25年度の研究計画内容を先取りし、移動者ルドニツキの語りについて報告した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、ポーランド東部国境地帯の文学と、西部国境地帯(ドイツ/ポーランド国境地帯)の文学と、移動者の文学を、「地域を想起する語り」という観点から論じようとするがあまり、「一人称体の語り」を前提としてしまい、地域の文学の「多声性」に十分な光をあてることができなかった。また、研究会での議論から、西部国境地帯(ドイツ/ポーランド国境地帯)の文学と移動者の文学の間には共通点もがあることがわかった。来年度以降の研究にこれらの点を活かしたい。尚、23年度未使用額が発生した理由は以下のとおりである。11月に国際学会での報告のため渡米した際、当初の予定ではシカゴとニューヨークへも足を延ばし調査する予定だったが、日本で企画していたセミナーの日程が早まり、旅程を短縮して帰国せざるを得なかった。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は、まず国内で開かれる学会や研究会に積極的に参加したいと考えている。前年度の未使用額分は、それらの国内出張費に充てる。また、次年度は、海外の研究機関短期滞在、ワークショップ参加、国外学術雑誌への投稿を計画している。現時点で浮上している具体案としては、ドイツのパッサウ大学から3カ月から6か月の研究滞在、ベルリン歴史研究センターのワークショップ参加、ドイツの学術雑誌「スラヴ文献学雑誌」への投稿がある。
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