本研究課題は、国境線が幾度も引き直され、民族・文化・言語の混成が進んだポーランド北部/西部国境地帯がいかに表象されうるかを、当該地域出身作家の文学とその受容を通して明らかにすることを目的とする。この地域は従来「ドイツ語文学」の枠組みで論じられることが多く、現代ポーランド語文学の作家や、ポーランド/ドイツ間を移動する作家の文学を通してはほとんど論じられてこなかった。そこで本研究においては、対象を1950年代から60年代当該地域に生まれたポーランド語を母語とする作家とし、その中に西ドイツへ移住した人々を含めた。本年度の成果は以下の4点である。 1)本研究が対象とする文学には、自分たちが生まれる前に存在した多言語多文化世界を、今日的な視座から書き起こす傾向がみられる。これは、作品が書かれた1980年代末から1990年代、ポーランドの辺境地域、とくに旧ドイツ領にあたるポーランド北部/西部国境地帯で、ヨーロッパの多元主義と結びついた地域主義が高まったことの影響と考えられる。 2)2000年代になると、中東欧を欧州連合の最東端として位置づけ、その文化の新たな伝統を、間テクスト的次元で創造・継承する傾向が顕著となる。しかもこの傾向は、作品が国際的に流通する際、ヨーロッパとは異なる中東欧らしさの指標として機能する。移住を背景にもつ作家の文学には、この指標を「悪用」する戦略がみられる。 3)国境地帯の文学に関する研究はいまだに国別・言語別に行われる傾向が強く、受容や流通に関する情報は、作家本人から直接収集するしかなかった。そこで10名の作家にインタビューを行い、映像に記録した。 4)西ドイツへ移住した女性作家は、初めから「移民文学」ではなく、「世界周遊者ないし旅行者の文学」という枠組みの中で受容された。 今後は、旧ドイツ領からの引揚者によるドイツ語文学のポーランドにおける受容について調査したい。
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