本研究は、植民地期の朝鮮人文学者達の日本語文学作品を、①植民地的観点から従来の難民概念を拡張し、②その難民概念に照らしながら日本語を母語としない者たちの文学活動及び作品の意味を問い直すことを目的としたものである。2012年度は、韓国へ渡航し、個々の作家の単行本だけでなく『国民文学』、『東洋之光』、『国民詩歌』等の植民地期の雑誌など、本研究に必要な資料の収集を行った。また韓国の李漢正先生、尹頌雅先生、櫻井信栄先生とワークショップを開き、植民地期の日本語文学が現在韓国においてどのように検討されているのかの概観、また「植民地的主体」や「分裂」といった解釈コードについての前年度の成果の批判的検討を行った。 その結果、近年の韓国での研究成果や「植民地的主体」といった概念は、親日派/民族派、抵抗/協力といった枠組みで作品を論じることの不十分さを補う一方で、個々の作品や作家に寄添い内在的に論じるというそのスタンスは、当時の〈日本語文学〉の多くが植民地体制擁護的な側面を帯びた事実を低く見積もってしまう危険性があること、さらに当時の作家の状況的な立場を曖昧にし説明を困難にしてしまうものであることがより明確になった。すなわち準「日本人」的立場であった朝鮮人文学者と、彼らが生み出した準「日本語」的な作品の存在の意味や意義を見逃してしてしまうものであることが明らかとなった。 この準「日本人」的立場、あるいは「難民」的立場に基づき、当時の作家たちを検討する過程でクローズアップされてきた詩人、許南麒の詩について深い分析を行った。その結果は、論文にまとめたうえで(掲載決定済み)、琉球大学法文学部主催のスタッフセミナーで報告を行った。
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