研究課題
本研究の目的は、時間内で推移する動的事象の解釈および記述の際にロシア語にとって本質的に重要と考えられる意味的優勢素「限界」の、言語を貫くその体系性を構築することにある。そのために異なる意味的優勢素「安定」を持つ日本語との対照研究を行う。H25年度は各対象言語に特徴的な言語相対的処理の一手段として、語りにおける時制の交替現象を検討した。現在時点を挟み過去と未来に延びる現在時制は「限界」概念とは相容れない。故にロシア語よりも日本語においてその優勢な振舞いが予測される。発話時点を含むアクチュアルな事象の記述では現在時制の使用に文法的な必須性があるが、語りにおける過去時制と現在時制の交替は選択的であり、したがって対照言語間でその現れに差異が生じる。『金閣寺』第一章を例に取ると、過去時制:現在時制の比率(%;小数点以下四捨五入)は日本語原文において64:30、ロシア語ではチハルチシビリ訳84:14、ロマノワ訳88:11である。日本語で現在時制への交替が起こるケースには、1.補足的な状況描写、2.内的独白、3.出来事に語り手の主観的解釈が加わる「ノダ文」が顕著であった。H23~24年度の調査では、同一状況の記述の際に、ロシア語は「個別出来事の動態的推移」「動作主による目的志向動作」の記述を好み、日本語は「安定的状況(状態・過程)の静態的存在」「状況の事態判断的把握」を好む傾向を論じた。日本語のこの傾向は、H25年度に検討した時制交替の記述においても、ロシア語と比較したときの相対的な現在時制の使用頻度の高さ、補足的状況描写の多用、ノダ文の使用に反映されていると考える。動的事象の記述において、過去時制による客観的描写が優勢であるロシア語と、そこに主観的判断文が登場する日本語とでは、対照言語間に文法カテゴリー(テンス・アスペクト・モダリティ)のヒエラルキーの相違があることが窺われる。
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Japanese Slavic and East European Studies
巻: Vol.34 ページ: 73-94
The semantic scope of slavic aspect. Fourth Conference of the International Commission on Aspectology of the International Committee of Slavists. Abstracts.
巻: なし ページ: 80-82