研究課題/領域番号 |
23720212
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
杉山 由希子 慶應義塾大学, 理工学部, 講師 (70525112)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | ピッチアクセント / 日本語 / secondary cues / 韻律 |
研究概要 |
東京方言の日本語ピッチアクセントの音響的な手がかり(acoustic cue)は、主に基本周波数(F0)であると言われるが、それ以外の音響特徴があるかどうかについては未解明のままである。一方、他の言語では、ストレス言語である英語や声調言語である北京語など韻律タイプに拘わらず、韻律特徴はいくつかの音響特性によって冗長的に現されていることが分かっている。このことに鑑み、本研究は日本語ピッチアクセントに2次的な手掛かり(secondary cue)があるかどうかを検証することを目的としている。本年度は、(1)東京方言話者が平板型と尾高型の最小対14対を文に入れて自然に読んだ音声刺激と、(2)その音声からF0を人工的に除去し、代わりにノイズを挿入した音声刺激の2種類を作成し、知覚実験を実施した。東京方言話者にこの2種類の音声を提示し、どの様な単語が聞こえたかを答えて貰ったところ、(1)では被験者の正解率はほぼ95パーセントととても高かった。それに対し、(2)の正解率は65パーセントと(1)よりはずっと低かった。しかし一標本t検定では、(2)の結果も有意にチャンスレベルを超えており、東京方言のピッチアクセントにもF0以外のsecondary cueが存在することが強く示唆された。これは、日本語でF0以外にアクセントを伝える情報があることを明確に示す、世界初の報告である。11月にサンディエゴで開催されたアメリカ音響学会では、この研究結果を発表したところ学会から``potentially newsworthy and of interest to reporters"と認められ、論文が学会のプレスに掲載された。http://www.acoustics.org/press/162nd/Sugiyama_5aSCb.html
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
交付申請書に示したように、本研究は大まかに以下の様な二段階で研究を進める計画である。1. 知覚実験:人工的に F0 を除去した音声を被験者に提示して聞こえた単語を答えてもらい、日本語のピッチアクセントにF0以外の音響特徴があるかどうかを検証する。2. 音響分析:「1」の知覚実験の結果を踏まえて、実験で使った音声刺激を音響分析し、ピッチアクセントにF0以外のどの様な音響特徴があるのかを明らかにする。本年度は上の「1」の実験を実施し、データの分析もほぼ終了しているため、現段階では研究はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
知覚実験のデータ分析は概ね終了しているが、他の研究者と意見交換を行ったり関連文献を読んだところ、本研究のような知覚実験においては、信号検出理論を用いてデータを分析をすることも有効であると分かった。次年度は、信号検出理論を用いたデータ分析も進める予定である。その他は、今後は上の「現在までの達成度」で述べた「2」の音響分析を中心に主に行う予定である。人間の囁き声を分析した研究では、F0の高低はフォルマントの高低と相関があるとの報告がいくつかある。囁き声では典型的には声帯の振動を伴わないため、F0はないとされる。本研究は囁き声を分析することが目的なのではなく、普通に産出された音声にF0以外のピッチアクセントのcueがあるかどうかを検証することが目的である。しかし囁き声には基本的にはF0がないという点で、本研究で用いた刺激と共通点があるため、それらの研究報告を参考に音響分析を進める予定である。本研究は日本語の研究を通して、最終的には人間の音声言語のあり方一般を追究することを目的としており、それには言語横断的な視点が不可欠である。研究代表者が大学院生時代に関わり、現在も続いている、英語をはじめその他4言語の研究を行っている、James Sawusch教授と比較研究、意見交換を行うため、夏休みに渡米する予定である。知覚実験、音響測定の分析結果が一通り揃った時点で、日本語の単語韻律にどの様なF0以外のアクセントに関する音響情報があるのかを包括的に検証する。そして他言語の単語韻律の特徴と比較し、日本語が類型論の中でどの様に位置づけられるのか検討する。さらに、現在の類型を精緻化するにはどの様な視点が必要か考察する。研究結果は適宜学会で発表し、2年間の研究結果をまとめたものは学術雑誌に投稿する。雑誌は、Language and Speechなどを検討している。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費は、研究に必要な書籍や学術雑誌の購入、論文やデータの管理に必要なサーバー、データの分析や論文の執筆に必要なコンピュータソフトなどの購入、学会発表のための旅費として使用することを計画している。学会については、本年度は発表した学会がふたつとも海外で開催されているものだったので、次年度は国内の学会でも発表することを目標としている。現時点では、6月9日(土)に開かれる日本音声学会第325回研究例会での発表が決まっている。
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