音声には冗長性があり、音素はもとよりストレスや声調などの超音節的な性質も、複数の音響的な要素で決定されることが分かっている。東京方言のアクセントは、主に基本周波数(F0)で実現される。しかしそれ以外の音響的な相関物(acoustic correlate)については、その存在の有無を含めて未解明のままである。そこで本研究は東京方言のアクセントと相関する、F0以外の音響的相関物を同定することを目標とした。 24年度の研究は、前年度の研究成果を掘り下げたものである。前年度の知覚実験では、自然に発話した音声からF0のみを除去してホワイトノイズを挿入した合成音声を用いて、日本語のアクセントにもF0以外の音響相関物があることが明らかになった。本年度は、その音響相関物が何であるかを同定するための分析を行った。先行研究には、囁き声には発話者の意図した音声の高さとフォルマント周波数に正の相関があるとの報告があるため、まずはF0とアクセントの相関を検証した。ところが予想に反し、この2者に相関関係は認められなかった。つまり、これまでに示唆されていたF0とフォルマント周波数の相関は囁き声に特有のもので、通常の発話には当てはまらないということが分かった。囁き声を産出する時には、声門上の声道が収縮すると同時に、下方に動くことが知られている。この状態で声帯を震わせずに音声を産出しようとすることが、フォルマント周波数に何らかの形で影響を及ぼしているものと推測される。 現在はストレスや声調の音響相関物を分析した研究報告を参照しながら、工学者から協力を得て、スペクトル傾斜などのフォルマント周波数以外のスペクトル情報などを計測し、アクセントの音響相関物をより詳細に検証している。
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