研究実績の概要 |
本年度の研究実績の概要は次の通りである。 (1)モーダル指示詞の意味論・語用論:「あの太郎が勝った」のように、日本語の連体形指示詞が、「指示対象の関わる事象の成立可能性が低い」という話者の前もった想定を表す「モーダル用法」を持つ点を明らかにした。この現象は、指示詞研究の観点から見ても興味深いものであるが、ここでのモーダル的意味はGriceのいう慣習的推意(CI)といえる点で、意味論・語用論の観点からも注目すべき現象である。本論文では、モーダル指示詞が統語的には名詞句のみを修飾する一方で、意味的には名詞句を含む(テンスを除く)命題全体を計算に入れるという形式と意味のミスマッチが見られる点を指摘するとともに、新たなCIアプリケーションモデルを提示した(Sawada, Osamu and Jun Sawada. 2014. The meanings of modal affective demonstratives in Japanese. Japanese/Korean Linguistics 21: 181-196.)。 (2)「行為の方向づけ」の「てくる」の歴史的研究:「来る」が補助動詞化した「てくる」の用法の1つに、主語の空間的移動を表さず、話者への「行為の方向づけ」を表す用法がある。この用法は、①「物の移送」を表すA1型、②「物の授与」を表すA2型、③「行為の直接的受影」を表すB型、④「行為の間接的受影」を表すC型の4つに下位区分できる。「行為の方向づけ」用法は、近世期以降、A1型から次第に用法が拡がっていった点が森(2010)の歴史的調査によって明らかになっている。本研究では、さらに、「てくる」標示の義務性に着目し、日本語が話者視点の明示化を強めてきた可能性を夏目漱石『坊っちゃん』の原文版と現代語訳版とのテクスト比較等から指摘した(澤田淳. 2014.「日本語の直示述語「V-てくる」の歴史―「行為の方向づけ」を表す用法の発達―」日本語用論学会第17回大会口頭発表、京都ノートルダム女子大学、2014年11月29日)。
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