日本語と英語には、「壁にペンキを塗る/壁をペンキで塗る」「spray paint onto the wall」「spray the wall with paint」のような交替現象が見られる。本研究の目的は、壁塗り代換(locative alternation)と呼ばれるこの現象がどのような仕組みで起こるのかを明らかにすることである。 23年度は、日英語の用例調査を進めるとともに、日本語に関して、従来研究の手薄であった自動詞の現象を分析した。そして、自動詞の交替動詞にも他動詞と共通する意味的特徴が見られること、交替動詞の条件が自他の違いを越えて記述できることを明らかにした。 24年度は、交替動詞と非交替動詞の違いについて、日英語を対照する観点から分析を進めた。用例調査より、同じような意味を表す動詞でも、英語では交替を起こす(あるいは起こさない)のに対し日本語では交替の許容度が揺れる、というケースのあることが分かった。そこでその要因を分析し、「形状適応の意味の度合い」や「事物間の大小関係の指定」に関するそれぞれの動詞の語彙的意味の相違が、交替の許容度に影響を与えることを明らかにした。 25年度は、交替の成立原理を説明する理論の精緻化を目的に、本研究の理論と、英語学の分野で提案されている諸理論を比較検討した。その結果、次の二点で本研究の理論が有効性であることが確認された。一つは、動詞の範疇的語義に下位階層を考えることによって、他の理論のように循環論に陥ることなく、交替の可否や交替のタイプが予測できるようになるという点である。もう一つは、英語学の一部の理論のように用法間に派生関係を想定するのではなく、交替動詞の二用法を対等な関係と位置づけることによって、意味と形態の並行性が自然な形で捉えられるという点である。以上のことが日本語の現象にも英語の現象にも当てはまることを確認した。
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