研究概要 |
本研究の目的は, 英語の通時的統語変化に関するパラメターモデルの精緻化を 「パラメター要因の細分化」「句構造の細分化」「文法における位置づけの再検討」という3つの観点から行うことである。この目標を達成するため, 実証面では電子コーパスおよび文献調査によって用例を収集するとともに, 理論面では極小主義理論において通時的パラメター変化をどのように扱うべきかを考察する。 23年度の成果は次の2点にまとめられる。第一に, 近年の極小主義理論の進展を踏まえて,通時的パラメター変化をどのように捉え直すべきかについて, 基礎的な考察を行った(『島根大学教育学部紀要』第45巻, pp. 71-82)。パラメターを語彙部門の「深層パラメター」と音韻部門の「表層パラメター」に二分し, 前者の設定が言語獲得時のみに生じるのに対し, 後者の変異が成人の言語でも生じると仮定することで, 従来のモデルでは説明の難しかった「言語変化の論理的問題」にアプローチすることが可能になる, と論じた。 第二に, 事例研究として英語史における他動詞虚辞構文の発達を取り上げ, 上記3つの観点のうち「句構造の細分化」の点から分析を行った(The 13th International Diachronic Generative Syntax Conferenceにおける発表)。この論考では, Rizzi (1997) の細分化されたCP構造に基づいた「素性継承パラメター」を提案し, 英語の他動詞虚辞構文が後期中英語から初期近代英語にかけてのみ許されたのは, この時代に数の一致素性と人称の一致素性がともに定性(Finiteness)主要部によって担われていたからであると論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績の概要でも述べたとおり, 本研究の目的は, 英語の通時的統語変化に関するパラメターモデルの精緻化を (i) パラメター要因の細分化; (ii) 句構造の細分化; (iii)文法における位置づけの再検討という3つの観点から行うことである。この目標を達成するため, 方法論としては (a) 電子コーパスおよび文献調査によって用例を収集する実証的アプローチと (b) 極小主義理論において通時的パラメター変化をどのように扱うべきかを考察する理論的アプローチをともに採用している。 上記3つの観点のうち, 23年度は (ii) と (iii) を扱うことはできたが, (i) の観点は未着手であった。24年度は「句構造の細分化」および「分布における位置づけの再検討」に加えて, 「パラメター要因の細分化」の点からも検討を加えていきたい。また方法論に関しては, 23年度の研究は主として (b) の理論面に重きを置いたものであり, その点に関しては一定の成果を得ることができたが, 24年度は実証面も重視し, 電子コーパスと文献の調査に基づいた, より信頼性の高い用例データベースの構築に努めていきたい。
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今後の研究の推進方策 |
23年度予算のうち24年度に繰り越す差額が生じたのは, 主として文献調査のための英語史関連予算が未使用であったためである。「現在までの達成度」で述べたとおり, 24年度の課題のひとつは, 電子コーパスと文献の調査に基づいた, より信頼性の高い用例データベースの構築である。繰越予算を有効に活用して, 課題を推進したい。 また, 研究当初に分析の対象として想定していた統語変化は「奇態格主語の消失」「法助動詞の文法化」「動詞移動の消失」であったが, 23年度の研究で提案した「素性継承パラメター」の展開にあたっては, 他動詞虚辞構文の発達が理論的に重要な意味を持っていることが明らかになった。このように, 研究が進展するにつれて当初調査することを予定していた統語変化とは別の現象に目を向ける必要が生じてくるものと思われる。用例の収集にあたっては, その点も考慮して計画を推進していきたい。
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