平成24年度は最終年であることにかんがみ、当該研究にたいし①調書の作成と目録化、②得られた情報の分析を重点的に行った。まず、①調書の作成と目録化では、各所での調査、提供をうけた写真や掲載図版から得ることのできた足利尊氏願経の情報を調書に記載した。調書作成にあたっては、経典一つずつに通番を付し、【表題】・【「以」字点】・【千字文】・【首題】・【尾題】・【奥書】・【書写寺院】・【書写・校訂】・【発願文】・【書き出し】・【半面行数】・【法量】・【所蔵・典拠】・【目録1】・【目録2】・【大正蔵】・【備考】の17項目につき、判明する範囲ですべての情報を記入している。その後、これらの調書をもとに、前年度に完成させた仮目録を補訂するかたちで、全データを目録化し、最終的に798帖の現存を確認した。つづいて、②得られた情報の分析においては、①で目録化したデータから、膨大な数の一切経を書写するさいに用いた底本、書写に関わった寺院と地域、地域ごとにおける書写形態の差異ついて検討した。その結果、 ・底本は再雕本と考えられる東禅寺版、前期思渓版と普寧寺版の混合蔵である点 ・62の寺院、個人が作成に関わる非常に組織だった書写である点 ・書写は京都近郊と鎌倉で明確に分担されていた点 ・書写地の違いは発願文と料紙の種別、「以」字点の有無、半面分の余白の有無といった形態上の差異となってあらわれる点を指摘するにいたった。総じて、請来された経典をそのまま用いるのではなく、日本において組織的に書写しなおしたところが足利尊氏願経の最大の特徴といえる。とりわけ、第2・3点目は室町幕府の寺院統制、地域政策にまで話題がおよぶため、一切経の輸入といった対外交流の問題とあわせて、今後、多面的な言及も可能となり、写経史にとどまらないより学際的な研究が期待できる。
|