研究課題/領域番号 |
23720352
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
井黒 忍 早稲田大学, 高等研究所, 助教 (20387971)
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キーワード | 生態環境档案 / 資源分配 / 水利権売買 / 傾斜配分 / 環境認識 / 環境適応 / 公平性 / 資源枯渇 |
研究概要 |
本年度においては、「清代甘肅地区生態環境档案」および「清代陝西地区生態環境档案」の読解を主たる活動内容として研究を行った。その過程において、灌漑用水の分配にかかわる技術とその背景に存在する水利秩序、水利用に関する地域社会の観念を読み解くとともに、水分配の制度に柔軟性を賦与するものとして水利権売買の事例を考察した。水利用に関わる事例の検討を通して、前近代中国における水資源分配の方法が平等性を追求するのではなく、あらかじめ設定された傾斜配分の割合をいかに遵守するかという点に重きを置くものであったことが明らかとなった。また、水利権の売買に関しては、モンゴル時代においては、地方に水管理分配を専管する公的機関が設置され、毎年の申告と認可に基づく水分配が行われるなど、官による水分配および管理への積極的な介入と関与がなされたため、水利権の売買や貸借という行為は抑制されていた。しかし、明代において公的な管理機関が撤廃され、水管理にかかわる制度的な裏付けが失われたことに伴い、管理運営の主体は官から民間へと変化した。その中で、より柔軟に水資源の過不足を補うために水利権売買という行為が発生し、これが清代には地域社会における水利慣行として定着していったことが明らかとなった。そのほか、陝西地域関中平野における地域開発の事例の検討を通して、石材や木材などの各種資材が近接する秦嶺山脈のみならず、遠く青海湖周辺や山西省南部から調達されたことが明らかとなった。資源の供給元と供給先、さらに輸送に関わる水路や道路の整備・開発の具体像を解明するとともに、これが関中平野における資源枯渇の状況を示すものであることを指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度においては、出版予定のものも含めて単著1冊、論文4篇、書評2篇、コラム1篇、調査報告1篇を執筆し、山西大学において開催された第14回中国社会史学会大会にて水利権売買に関する学会報告を行った。また、国内でのシンポジウムにおいて水分配の技術と思想に関する講演と報告を行った。そのほかに、内モンゴル自治区および山西省における現地調査を実施し、関連史料の収集を行った。これらの研究活動を通して、水利用およびその前提となる管理・分配に関する技術と思想的背景についての知見を深めるとともに、山西省の事例に基づき水資源の分配に関するモデルを構築することができた。また、陝西省関中地域における木材資源の調達と輸送に関して、具体的な供給元と供給先が明らかになったことにより、今後より地域を絞りこんで検討を行うことが可能となった。「清代甘肅地区生態環境档案」および「清代陝西地区生態環境档案」の読解作業に関しては、その量が膨大であるため、以降も継続して作業を進めていく必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
今後も「清代甘肅地区生態環境档案」および「清代陝西地区生態環境档案」の読解作業を継続して進めることとし、両档案中に多数収録される数値データに基づき降水量変化の統計作業を行う。これにより、定性的な史料の読解だけでは理解が難しい地域間の環境条件の差異を明らかにするとともに、当時において環境に関わる各種情報がいかに伝達され、これらが政策の立案・実施にどのように利用されたのかという問題を検討する。中でも、農業・水利・牧畜に関する諸政策において、環境情報がいかに反映されたのかという点に着目して研究を推進する。降水量変化の統計化を含む歴史資料の定量化を行うに際しては、研究対象地域は異なるものの最新の方法論や技術を有する欧米圏における研究成果を学び、これを中国史研究に活用するため、イギリス・オランダ・アメリカにおける短期滞在研究を行う。研究成果に関しては、随時、学術論文を執筆するほか、2013年10月に台湾にて開催を予定する第2回東アジア環境史会議において研究報告を予定する。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度においては、研究報告および史料調査を目的として台湾への海外出張を行う。第2回東アジア環境史会議に出席し、水利権売買とその環境要因に関する研究報告を行うとともに、国立故宮博物院および中央研究院において関連する档案史料の収集を行う。さらに、降水量変化の統計作業を行うに際して、その技術および方法論の習得のために、イギリス・ロンドン大学での短期滞在研究を行う。その他、研究活動に必要な図書およびデジタル資料の購入を予定するとともに、英語論文の執筆と欧米圏における環境史関連の国際会議にて研究報告を行うために、英文校閲に研究費を用いる。また、統計データの処理に関連して、専門家からのアドバイスを得るとともに、入力補助のための補助者を雇用する。
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