研究課題/領域番号 |
23720375
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研究機関 | 愛知工業大学 |
研究代表者 |
北村 陽子 愛知工業大学, 工学部, 准教授 (10533151)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 西欧近現代史 / ドイツ / 20世紀 / 社会国家 / 家族扶助 / 第一次世界大戦 |
研究概要 |
家族扶助システムの形成過程を明らかにする本研究課題の目的を達成するために、当該年度以前から取り組んでいた女性の戦時支援活動に関する調査結果を、経年的な変遷を追う視点から研究ノートにまとめた。ここにおいて、兵士遺家族支援の萌芽が19世紀半ばに生じたことを明らかにできた。 そのうえで当該年度の調査テーマを、20世紀初頭のドイツで大きな議論を呼んだ「母性保険」構想の展開に設定し、その成果を研究ノートとしてとりまとめた。「母性保険」構想とは、母親とその子どもの保護を社会保険として国の制度に組み込む要求である。しかし男性労働者を受給者に想定する社会保険の枠内では、女性の母性を保護する名目の「母性保険」構想は、最終的には独立した制度とはならなかった。政策に結実しなかったとはいえ、母子保護をめぐってさまざまな見解が提示された「母性保険」議論を追うことで、第一次世界大戦中に拡充された母子保護事業、さらには第一次世界大戦中から戦後に構築される兵士遺家族支援といった、家族扶助システムの一部をなす諸政策の前史をとらえることができたといえる。 また太平洋戦争中の日本の社会政策に関する著書の書評をしたことで、日本のシステムにドイツの第一次世界大戦前後に実施された、あるいは議論された政策の片鱗がいくつも見られたことを再確認できた。とくに乳児保護が兵役検査合格者の増加につながるという議論や、子どもの体格をよくするための母乳哺育の推奨、青少年の身体鍛錬促進などの政策が、戦争開始以前から推し進められていた点は、20世紀初頭のドイツの事例と著しい類似性が指摘できる。 当該年度の在外調査では、第一次世界大戦後の兵士遺家族支援に関する史資料を閲覧し、必要なものに関して複写し、もしくは複写を依頼し、あるいはデジタルカメラでデータを取得した。これらの史資料を読解する作業には、まさに着手したところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度以前に開始していた女性の戦時支援活動の歴史的発展に関する調査からは、戦争中に行なわれる公的・私的な家族支援が、第一次世界大戦以前から系統的に実践されていたことを確認できた。そして第一次世界大戦以前の家族支援策の一つである母子保護事業の実態をふまえて、その改善要求を出すなかで議論された「母性保険」構想について整理したことで、戦争の経験から家族扶助システムが形成されていく際の基盤を明らかにした。これらの研究成果は、本研究課題の達成に必要な前提部分をなし、今後調査・分析が必要な部分を明確にする役割を果たしたものである。 またドイツでの史資料調査に際して収集した同時代の文献や社会政策家たちの会議議事録などから、第一次世界大戦中および戦後の兵士遺家族援護について、当時の具体的な状況を確認する作業を開始した。これは第一次世界大戦後に制度化される家族扶助システムの形成過程解明に直接つながる作業領域であり、本格的な検証・分析作業を行なうための準備が整いつつあることを示す。
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今後の研究の推進方策 |
まず当該年度に着手した第一次世界大戦中の兵士遺家族援護制度や扶助実践の調査・分析に関して、史料や文献などを利用してさらに進める。 次に、家族援護の具体的な状況を史資料から明らかにするべく、ドイツでの文書館調査を引き続き行なう。具体的には、分析対象とするフランクフルト市の市立文書館および同市にあるドイツ国立図書館のほか、ベルリンの連邦文書館、州立図書館を訪れて史資料を調査する。国家レベルの史料としては労働局の文書や統計、市レベルのものは参事会、救貧局、福祉局、住宅局、市議会議事録などの文書を閲覧し、また図書館では同時代の出版物を閲覧したうえで、それぞれ必要に応じて複写する、もしくは複写を依頼する。 こうして得られたあらたな史資料を含めて集中的に読解・分析して、兵士遺家族援護制度のアウトライン、その実践状況の経年的な変遷を把握することに努める。これらの新しい知見と、すでに明らかにしている諸点、つまり19世紀半ばに原初的な形態で行なわれるようになった兵士遺家族支援の実践や、20世紀初頭の母子保護事業を基盤として、第一次世界大戦中に形成された兵士遺家族支援制度の様相とその意義、そしてそれらが組み合わされてヴァイマル期に家族扶助としてシステム化されていく過程を明らかにすることを目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
ドイツでの史資料調査のための渡航費用のほか、現地での史資料の複写代などとして計50万円程度を見込んでいる。その他には研究文献の購入代金として5万円程度、研究成果を報告する際の旅費および他の研究者との懇談のための旅費として5万円程度をそれぞれ見込んでいる。
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