研究課題/領域番号 |
23720425
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研究機関 | 北星学園大学短期大学部 |
研究代表者 |
風戸 真理 北星学園大学短期大学部, その他部局等, 講師 (90452292)
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キーワード | モンゴル国 / 都市化 / 社会変化 / 移動性 / ノマド / 住居 / 牧畜/遊牧 / 観光業/飲食業 |
研究概要 |
20世紀のモンゴルでは工業化と人口増加、その結果としての都市化が急激に進んできた。当該年度の研究の最大の成果は、国家統計からは読みとれないふつうの人びとの生活のリアリティーと彼らの指向性を、居所の選択とそこで従事する生産活動を分析することで明らかにしたことにある。 主な結果は次の2点である。第一に、20世紀以降のモンゴル人の生活空間と人生経験を、人類学的なミクロかつ長期的な視点でみると、彼らは地方から都市を一方向的に指向しているのではなく、むしろ彼らのライフコース(人の一生)とファミリー・ヒストリー(4世代の100年史)は両空間を往還するものであった。第二に、人びとは夏に草原の年長者のもとに集まり、自然に埋め込まれた生活に親しみ、家畜生産技術を習得し、地縁・血縁にもとづく社会関係を構築していた。とくに、子どもにとって夏に長時間にわたって草原で生活する経験は、牧畜というライフスタイルや牧畜地域の社会関係に対する原初的な愛着を形成していると考えられる。 今日のモンゴル国では鉱山開発による経済発展と都市化の進展がめざましく、これに呼応して都市研究の成果が蓄積されている。しかしながら、都市と、20世紀末までモンゴルの主要産業であった農牧業を支えてきた草原地域との関係は不明であった。本研究の意義は、都市とその近郊の草原に暮らすモンゴル人の居所選択に焦点をあて、彼らがノマド的な行動様式によって現代的な諸変化に対応してきたことを実証的に解明した点にある。 以上に加えて、ノマド的で牧畜的な行動理念と実践が都市生活およびグローバルなサービス産業と接合するプロセスの調査を進めてきた。モンゴル遊牧民の昔ながらの財である畜産物・住居・貴金属というモノの生産・流通・消費の時代変化と、無形財であるホスピタリティ、つまり客人をもてなす習慣と現代の観光業・飲食業との関係に着眼して分析をおこなっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ポスト社会主義の諸社会におけるモノ生産の場において、生産者である人と生産されるモノとのあいだにどのような関係が取り結ばれてきたのかを、20世紀初頭以降の国家体制の変化と関連づけながら解明するという研究目的はおおむね順調に進展してきた。計画当初の研究方法としては、代表者が非常勤研究員であったため、科研費旅費を使用してドイツに滞在し、東欧から北アジアまでのスラブ・ユーラシア地域を広く比較する予定であった。しかし、平成25年に教育職に就いたため、調査地域をモンゴル国・中国・カザフスタンに絞り、各地域の社会状況を深く、多面的に解明する方向にシフトした。モンゴル国内では、これまで重点的に調査研究をおこなってきたリモートエリアと当該年度に新規開拓したペリアーバン地域の調査サイトを比較しつつ、ライフヒストリーを100年前まで遡って、人と畜産物・工業製品の関係をモンゴル現代史の文脈のなかで掘り下げることに成功した。 当該年度は、成果発表と社会還元も順調に進んでおり、とくにその内容のバラエティーが高い。すなわち、著作[原著論文1、学会誌上の報告1]、口頭発表[学会2、国際ワークショップ2、講演1]に加え、国際ワークショップ企画・運営のアドバイザーとして若手研究者の指導にあたった。 研究対象としてのモノとしては、家畜・畜産物・住居といったモンゴルの人びとの生活を支える物的基盤に加えて、写真・調査地といった研究者が他者と関係を構築するさいに媒介となるモノに注目した。すなわち、調査地における人間とモノの関係を研究すると同時に、研究者が生産するモノ(言葉や映像などによる研究成果)が、調査する/される社会におよぼす影響を問うた。 以上から、モンゴル国とその周辺地域を対象として人類学的な厚い記述を重ねることにより、人間にとってモノを通して他者と関わることに対する考察が深められたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度は最終年度であるので、成果の発表と社会還元に力を入れ、調査地での国際学会でも議論をおこなう。 【4-7月】前年度に得られた結果を、論文「モンゴル遊牧民候補は夏につくられる」『生態人類学会ニュースレター』と口頭発表”Do Mongolian nomads transform into city dwellers?“, IUAESをとして発表する。 【8-11月】上記成果を応用人類学的に発展させ、ウランバートルで口頭発表”Mongolian potential pastoralists formed in summer”,IIASをおこなう。モンゴルの持続的発展には牧畜が適応的であり、食料自給には家畜生産が必要である。モンゴルの牧畜を幼児期から一生かけて学ぶべき特殊技能とみなす見方を批判し、都市の子どもが夏休みに牧畜生活を経験することを職業教育と捉えることで、牧畜への新規参入を促進する論理を提案する。また、モンゴルとの比較のため、ポスト社会主義の歴史を共有するカザフスタンで、家畜生産をめぐる歴史的な変化について調査をおこなう。 【12-3月】これまでに収集したデータを分析し、学内外での講演やWeb上で報告し、研究成果を社会に還元する。具体的には、2月に北海道立北方民族博物館で講演「現代モンゴルの食事:草原と都市」を予定している。 本研究計画の最終的な成果としては、ポスト社会主義の牧畜文化圏における「人・モノ・時空間」の関係、つまり人間とモノの関係を社会変化と牧畜的な移動性という2つの側面から考察し、社会主義とグローバリゼーションという2つの経験がいかに「世界」を統一し、そしていかに多様にローカライズドされてきたのかを議論する。そして、関連する他地域の研究者と連携をはかりつつ、ミクロで今日的なエスノグラフィーを面的に広域に集積する方向での後継プロジェクトを準備したい。
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