研究課題の中心であるメタ規範理論と法概念論の有すべき関係についての成果は概ね次の通りである。まず、いわゆるHart-Dworkin論争が意味論的不同意問題というメタ規範理論的な問題の一例として理解されるべきであることを示した。現代的法実証主義がいわゆる「法の規範性の問題 The Problem of Normativity of Law」を処理するに際して、特にHartが法的言明・法的判断についての非認知主義を採用したことを確認し、その非認知主義の形態を折衷主義的表出主義として具体的に明らかにした。しかし、この折衷主義的表出主義が自己不同意問題としてのFrege-Geach問題を解決するとしても、なお意味論的不同意問題それ自体がつきまとい続けることを示した。またHart-Dworkin論争をメタ規範理論的観点から分析することで、理論的不同意問題に対応してHart的法実証主義が採りうるメタ規範論的選択肢を、純粋な非認知主義、意味論的相対主義を伴う折衷的表出主義、認知主義、という3つの立場として示し、このうち最後のものが最も有望であることを示した。 認知主義の場合には「法の規範性の問題」がより厄介な問題となってくるが、それをいわゆる「エウテュプロン問題 Euthyphro Problem」と同型の問題として理解することによって、可能なメタ規範理論的選択肢を示した。神命説を巡る議論に於いて提示されてきたエウテュプロン問題に対する対応策が、法実証主義が「規範性の問題」に対して採用しうる理論的選択肢を類比的に与えることを示し、更に、宗教と道徳を分離し神とその命令に非道徳的権威を帰する型の神名説の類比として、法と道徳とを分離するという点で法実証主義的な法命令説の形態こそが、最も適切に法の概念を――とりわけその内在的規範的理念である「法の支配」の理念を――説明することを示した。
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