本研究は、損害賠償を請求する民事訴訟において、裁判官が具体的な損害賠償額を確定するという作業について、これをどのように把握・規律していくべきかという問題に対してアプローチを試みる。 具体的には、日本の民事訴訟法が、近時になって、損害賠償額の確定に特化した条文である同法248条を採用したことに着目し、そこに規定される裁判官の権限とこれに対する制約、そして、それらと、民法あるいは民事訴訟法における一般原則との関係についての解明を試みるため、類似の規定を民事訴訟法典中にもつ、ドイツとその周辺国における歴史的展開を参照する比較法的手法を採用した。その結果、少なくともドイツ等においては、こうした条文の存在意義については多様な理解が成立しうる一方で、実体損害賠償法における議論の一定方向の収束によって、この種の条文に関してもある程度の共通了解が導かれたのではないか、と暫定的に結論付けた。この理解が正しいとすれば、現在のドイツにおいて続いているようにみえるこの種の条文の理解に関する論争の意義は、相当程度射程を限定されたものである可能性がある。 これに対して、日本においては、「差額説」というワードが継受されたことは確かであるとしても、ドイツにおいてみられた実体損害賠償法をめぐる議論の収束について、その内容をほんとうに継受したといえるのか否かが必ずしも明確ではなかった。それにもかかわらず、この種の条文の意義を巡る議論の輸入が試みられ、さらには、わが国独自の判例実務の展開とそれらの議論を結び付ける動きまでされてしまったことにより、議論状況がきわめて不明確になってしまった。しかし、もともとこの種の条文が多様な理解を許すものであったことを考えれば、その状況は、望ましい損害賠償制度とはなにかについての、隣接諸科学も含めた議論の進展によって解決されるべきであるとの見方も成り立ちうる。
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