1.本研究は、私法体系の再編をも視野に入れ、新たな私法理論を構築するために、何故、法律行為の当事者の「意思」に基づいて解決することが困難な「法律行為論の限界」が生じたのか、法律行為論を中核におく「近代私法体系」とそれ以前の「啓蒙期自然法体系」の法構造と思考原理といった体系的・原理的観点から、その理由(法律行為論の本質論)を解明しようとするものである。 2.そのために、まず初年度は、啓蒙期自然法体系のもとでは、法律行為論の限界の問題は契約正義一般の問題と理解でき、それが莫大損害という法制度によって解決されてきたことから、その展開の検討を通じ、啓蒙期自然法体系の法構造と思考原理について考察した。 3.そして、昨年度は、近代私法体系へのパラダイム転換をもたらせたカントにつき検討し、カントが「物」とは明確に分離した自由・平等な「人格」概念を基点に、自律的意思概念に基づく「権利」の体系の哲学的基礎を築いたことを明らかにした。また、「自由」と「平等」は、近代市民社会の成立とともに段階的に確立され、それらが近代私法の三大原則によって確保されるとともに、「パンデクテン方式による権利・自律の体系」によって裏面から担保されていることも明らかにした。 4.以上を前提に、最終年度は、啓蒙期自然法体系との対比から近代私法体系の法構造と思考原理について考察し、法律行為論の限界を克服するために展開された前提論(行為基礎論)の検討を通じ、法律行為論に限界が生じた理由(①義務・他律から権利・自律へと転換し、近代私法体系のもとでは、客観的・外部的基準を用いずに当事者の自律的意思に基づき解決しなければならなず〔自律的意思論のジレンマ〕、②資本主義の発展に伴う予測可能性と法的安定性の要請から表示主義が台頭し、「自律的・規範的」な意思が「自律的・事実的」な意思へと変質し、法律行為論の射程が狭まったため)を明らかにした。
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