研究課題/領域番号 |
23730115
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
今野 正規 関西大学, 法学部, 准教授 (10454589)
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キーワード | 民事責任 / 不法行為 / 制裁 / ポール・フォコネ / マルセル・モース / エミール・デュルケム |
研究概要 |
本年度の研究は、以下の3点について実施された。 第1に、前年度の研究の延長線上に、デュルケムの議論を引き継いだフランスの社会学者ポール・フォコネの責任論に検討が加えられた。研究にあたっては、法社会学の古典として知られてきたものの、これまで必ずしも十分に研究されてきたとはいえない状況にあったフォコネの主著『責任――社会学的考察』を中心に、フォコネの責任論が現代社会の法的責任を考えるうえで有する意味を念頭に研究が進められた。また、専ら刑事責任のみを念頭に置き、意識的に民事責任を検討対象から除外しているフォコネの議論を補うために、彼が民事責任について検討を委ねているフランスの民法学者エマニュエル・レヴィの著作についても、若干の検討が加えられた。 第2に、前年度の研究から派生した問題意識をもとに、社会人類学の観点から法的責任に検討が加えられた。フォコネの責任論を含め、デュルケム学派の研究が社会人類学上の議論と密接な関係を有していることは周知の通りであるが、本年度の研究では、マルセル・モース『贈与論』及び同書をめぐる議論に着目し、損害賠償の支払を一般交換理論の枠組みの中に置き直し、モノの受け渡しを通じた関係性の再構築として民事責任を検討することを試みた。互酬性の原理と法を結び付ける議論は、紛争理論の先行研究のなかに既にみることができるが、本研究では、民事責任との関係をより強く意識することで、それらの先行研究と実定法上の制度との架橋を図った。なお、その成果の一部が公表された。 第3に、次年度の研究の準備として、わが国における公害・薬害訴訟に関する資料及び東京電力福島第一原子力発電所事故に関する資料が収集された。収集された資料の検討は、次年度の課題となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究は、ポール・フォコネの責任論を内在的に理解し、それを通してデュルケムの刑罰論と民事責任の機能論とを接続することを主たる課題とするものであった。本年度の研究では、時間的・空間的に広範に及ぶフォコネの議論の含意を細部に亘って検討することはできなかったものの、法的責任に従来指摘されてきたような社会政策的な機能には還元できない機能――とりわけ裁判という儀式を通して加害者の責任を明確化することや侵害された集合的意識を回復することといった機能――があること、そして現代社会の法的責任においてもそうした機能が重要であることを検討する上では、十分な示唆を得ることができたと考えている。 他方で、以上に加えて、本年度の研究では、社会人類学の観点からも法的責任を検討する視座が得られた。こうした分析視角は、本研究に着手した当初は必ずしも明確には想定していなかったところであり、こうした視角を取り入れることによって、本研究は一段の進展をみたと考えている。その成果の一部は、既に公表されている。 研究対象を拡げすぎた点、社会理論的な考察が進展する反面で法的な観点からの考察がやや不十分となった点などに反省がないわけではないものの、以上の理由から、現段階ではおおむね研究実施計画通りに進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる次年度は、本年度までの研究で得られた成果を総括しつつ、民事責任が現代社会において果たしている機能(ないし果たすことが期待されている機能)へアプローチする。社会学や社会人類学の知見を現実の民事責任の分析へ接続することで、民事責任の制裁機能に従来指摘されてきたのとは異なる側面があること、そしてそうした側面こそが現代社会では重要になっていること――特に、これまで周辺化されてきた加害者の責任の明確化や事件の真相究明といった側面が現代社会では重視されること――を明らかにすることが課題となる。 なお、東京電力福島第一原発事故に関する議論は、本研究の計画段階では検討対象として想定していなかったものの、民事責任の現代的機能を考える上でも重要な課題を提供しているように思われる。同事故の損害賠償をめぐる議論が、現在進行中の問題でもあることに鑑み、以上の研究と並行しつつ、情報・資料の収集・分析を進めることにしたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は、年度内に収集が予定されていた資料の一部の収集時期が次年度にずれ込むこととなったため、研究費の一部が次年度に繰り越されることとなった。繰り越された研究費については、次年度において当該資料の収集に充てられることになる。 次年度の研究は、民事責任が現代社会において果たしている機能(ないし果たすことが期待されている機能)について検討を加えることが中心的課題であり、研究費は、前年度までと同様に、資料や情報の収集にかかる費用及び研究成果の公表にかかる費用として使用される。収集される資料は、本年度に引き続き、公害・薬害訴訟に関する資料及び東京電力福島第一原子力発電所事故に関する資料が中心となるが、訴訟関連の資料のみに限定することなく、より広い範囲の資料を収集する予定である。
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