研究課題/領域番号 |
23730116
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
石井 夏生利 筑波大学, 図書館情報メディア系, 准教授 (00398976)
|
キーワード | 国際情報交流 |
研究概要 |
2011年度の実績報告書では、「個人情報保護法制と消費者保護法制の交錯」を検討する際の新たな動向として、①「個人情報が追跡されることへの対応」、②「準個人情報(個人情報未満の情報)」の取扱い、③「共同規制の可能性」を挙げた。2012年度にそれぞれの検討を進めた結果、本研究の最終目的である「第三のプライバシー権の可能性」を理論的に考察することとの関係では、①に最も注力すべきことが明らかとなった。②は、調査した結果、保護対象の議論としては有益ではあるものの、「プライバシー権」の理論的性質を掘り下げる際に具体的な示唆を得ることができず、また、国外の議論も本格化したところであるため、検討対象から外すこととした。③は新たな動きが見られなかった。 これに対し、①について、プライバシー権は、歴史的に見ると、伝統的・消極的な「ひとりにしておかれる権利」から現代的・積極的な「自己に関する情報の流れをコントロールする個人の権利」へと発展するようになったと理解されてきた。日本では、特に自己情報コントロール権を所与のものとして理解する傾向が見られる。しかし、ネットワークが高度に発達した現在、欧州やアメリカでは、積極的に「コントロールする」ことではなく、本来的な消極的性質の権利に立ち返り、法執行で担保する傾向を見せるようになっている。ここでいう消極的性質とは、欧州で提案されている「忘れられる権利」、アメリカで議論されている「追跡拒否」等を意味する。2012年度は、こうした傾向に着目して検討を進め、『ビッグデータ時代のライフログ』に共同執筆者として参加するとともに、電子情報通信学会で「法制度から見たビックデータの活用とプライバシー保護-国際的な動向を中心に-」というタイトルで論文発表・口頭発表を行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請書に記載した「プライバシー・個人情報の財産権論」は、2011年度に到達点を示した。「個人情報保護法制と消費者保護法制の交錯」は、当初、アメリカのような「追跡拒否」の仕組みを導入すべきか、欧州のような「忘れられる」権利を求めるべきか、第三の道を探るべきかを検討する予定であった。しかし、2012年度の調査研究により、消極的な性質の権利と法執行を一体化させるという方向性があるという点において、アメリカと欧州の共通点を見いだすことができた。それにより、「デジタル化した個人情報の集積」に対するプライバシー・個人情報を保護する権利のあり方を最終提案するに際して、貴重な視点を得られたと考えている。 「捜査機関によるライフログの利用」については、アメリカ連邦最高裁判所から重要判決(United States v. Jones)が出され、ライフログの刑事法的保護を示唆する内容となっている。現在調査検討中である。 また、本研究は、プライバシー・個人情報を保護する権利の理論研究を行うものであるが、インターネットに関する法の動きは極めて速く、最新動向を追求しつつ権利の本質を探るという高度な課題に取り組まなければならない。特に、2012年に入ってからはアメリカや欧州に新しい動きが見られ、議論状況は刻一刻と変化している。アメリカでは消費者プライバシー保護法が実現するか、欧州では、一般データ保護規則提案が2015年4月に採択されるかについて、それぞれの事態の推移に継続的な注意を払う必要がある。消費者プライバシー保護法については、現時点では法律制定への具体的な動きは見られないようだが、欧州では、欧州議会で上記規則提案を支持する意見が出されており、欧州理事会の反応が注目される。特に、ネット上の個人データの拡散防止までをも権利内容とする「忘れられる権利」が原案のまま採択されるか否かが本研究と深く関わる。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度は最終年度であるため、「消極的な性質の権利と法執行を一体化」させるという方向性をより敷衍し、プライバシー・個人情報を保護するための権利の本質を探りたい。日本では、プライバシー権は「自己情報コントロール権」であると理解され、一部にはその権利を当然のものとして疑問を抱かない者もいるが、ネットワーク社会においてプライバシー・個人情報を守ることを考えた場合、果たして積極的な権利を維持することが妥当であるのか、再考が必要と考えている。この関連で、15年ほど前の日本の文献の中に「デジタル化されずに放置しておいてもらう権利」を論じたものがあるが(夏井高人『ネットワーク社会の文化と法』日本評論社、1997年)、権利の本質を突いた指摘であるように思われる。 最終年度は、アメリカ及び欧州の調査を継続するとともに、日本の議論の問題点を深く掘り下げたいと考えている。あわせて、United States v. Jones事件を中心に、刑事法的観点も加味していきたい。ところで、欧州に関しては一般データ保護規則提案が提案され、1つの法制度の実現可能性を探るという簡明なアプローチを取ることができる。一方で、アメリカでは、民間におけるプライバシー関連の法制度が複雑多岐にわたり、それに加えて、消費者プライバシー保護立法の可能性が存在している。また、本研究における直接の目的ではないが、児童のプライバシー保護に関する法制度にも動きが見られる。こうした様々な民間のプライバシー保護法制の執行を担っているのは連邦取引委員会(FTC)であり、そこからの情報発信に注目する必要がある。前年度の研究を進める中で、実現可能であれば、FTCから直接に意見を聴取する機会を得ることが、本研究にとって望ましいことを認識した。
|
次年度の研究費の使用計画 |
前年度の繰越額が生じた理由は次の通りである。①共同規制についての専門家インタビューを予定していたが、プライバシー関係では新たな動きが見られなかったため、断念した。②研究発表が都内で行われたため、出張旅費を必要としなかった。③欧州やアメリカの文献は、必要に応じて購入したが、公式サイト上で公開されているものも多く、その他、図書館での貸出やデータベースを利用することによっても、研究を進めることができた。 今年度も昨年度と同様に、学会等での研究発表を行う予定である。また、論文執筆に伴うトナーカートリッジや資料複写代金等に本研究費を用いる。外国文献に関しては、「データ保護とプライバシー 各国ガイド」(36,868円)のほか、法令用語を整理した「新ブーヴィエ法律辞典」(17,356円)、「データおよびプライバシーの保護 各国ガイド」(36,640円)等を購入した。なお、本研究テーマは理論的考察を行うことから、法制度を整理した「世界各国の個人情報保護法制度」の購入について、前年度は見合わせることとした。同書籍の必要性は再検討することとしたい。他方、自己情報コントロール権を再考するには必須の先行文献(アラン・F・ウエスティン著「プライバシーと自由」等)を改めて詳細に検討すべく、アメリカより取り寄せ中である。 ところで、上記の通り、アメリカのプライバシー関連法を監督する機関(FTC)から直接に意見を聞く必要性が生じていること、また、前年度からの繰越額が生じていることを踏まえ、本年度は、最終年度の取りまとめに役立たせるべく、アポイントが取れればアメリカへの訪問調査を行いたい。あるいは、各国のプライバシーコミッショナーが一同に集まる「プライバシーコミッショナー会議」が毎年秋に開催されているため、本研究に即したテーマで開催される場合は、同会議への参加を検討する。
|