研究課題/領域番号 |
23730132
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
石川 涼子 お茶の水女子大学, ジェンダー研究センター, アソシエイトフェロー (20409717)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 国際研究者交流 |
研究概要 |
多文化主義論に対してなされる批判のひとつに、リベラルではない文化の存続を容認してしまうというものがある。例えばスーザン・オーキン(Susan Okin)は、フェミニズムの立場から次のように主張した。多文化主義は、女性に対して抑圧的な慣習を存続させ、女性の自由や尊厳を損なう。それゆえに、政府は文化を承認するよりも、むしろリベラルな社会を実現するために積極的に文化に介入すべきだとされる。 このような批判に対して、多文化主義論の代表的論者であるウィル・キムリッカ(Will Kymlicka)は、介入には二つの仕方があるとした。ひとつはリベラリズムの理念を明示したうえで、それに従うよう強制する直接的介入である。もう一つは、リベラルな文化への変化を内発的に引き起こすことを期待して対話を通じた働きかけを行う仕方である。キムリッカは、前者のような強制政策が文化的マイノリティの反感を集め、結果として政治の不安定化を引き起こしていると述べる。ゆえに、リベラルな価値を強要するような介入は不適切であり、内的な変化を促すような間接的介入がふさわしいと述べる。 上記の直接的介入と間接的介入のうち、いずれの方策をとることがリベラルな多文化主義にふさわしいのかはこれまで十分に考察がなされていない。そこで本研究では、近年のカナダにおけるイスラム教徒の女性をめぐる論争を題材に、リベラルではない文化への介入に注目してリベラルな多文化主義社会の実現について考察する。 平成23年度は、リベラルな多文化主義をとる政府が、リベラルではないとされる文化、とりわけ女性に対して抑圧的な文化にどのように介入することがより有効であるのかという問いを念頭に研究に取り組み、直接的介入が、実際には最も救いたい対象としているはずの女性に対する排除を引き起こしてしまうことを論文「リベラルではない文化への介入」で示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
主として平成23年度は、(1)多文化主義とフェミニズムの政治理論に注目して文献研究を行い、(2)カナダにおける「リベラルではない文化」へのリベラルな価値に基づく強制的介入の帰結について調査を行った。 (1)については、オーキンによる "Is Multiculturalism Bad for Women?" (1999)が出版された後、アメリカやカナダにおける具体的事例を取り上げて多文化主義の政治理論を考察する研究が多数なされてきたが、その包括的評価はまだなされていない。そこで、特にリベラルではないとされる文化に対してどのような方策をとることが提案されているか、またその方策の正当化根拠はどのようなものであるかに注目し、2000年代の文献についてサーベイを行った。 (2)については、次に述べる文化的マイノリティの女性が直面するジレンマに注目して研究を進めた。文化的マイノリティの女性は、一方では自らが属する文化集団が自治を獲得することを望んでいる。他方で、その文化の自治が認められることによって、男性優位や女性差別が温存されてしまう。そこで本研究では、このようなジレンマに直面した女性たちに対して、リベラルな国家がリベラルな価値に基づく強制的介入を行うことが有効であるのかを考察した。 以上の研究の成果として、論文「リベラルではない文化への介入ーカナダにおけるムスリム女性をめぐる事例の政治理論からの考察」『ジェンダー研究」第15号(2012年3月刊行)を発表した。 当初はカナダでの調査研究を計画していたが、平成23年10月に入院し手術を受け、その後療養が必要となったことから、海外渡航は行わず、文献研究に専念した。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度は、(1)リベラルな価値に基づくリベラルではない文化への強制的介入についての、肯定的議論および否定的議論を考察し、(2)カナダ・オンタリオ州においてイスラム法に基づくADRが禁止されたことにより、イスラム教徒の女性は何を得て、何を失ったのかを明確化することを目指す。 (1)については、23年度の文献研究をもとに、リベラルではない文化への強制的介入をめぐる議論を改めて検討したうえで、リベラルな多文化主義国家によるリベラルではない文化への強制的介入が持つ利点と問題点を明らかにする。 (2)については、宗教的なADRの全面的禁止という現時点での帰結についての論争をまとめ、23年度の研究を踏まえて、果たしてこれがイスラム教徒の女性の自由の拡大や保障に結びついたのか、またADRの全面的禁止によりイスラム教に基づく裁定を求める権利が失われてしまったのではないかといった点を検討する。また、この時点までの研究成果を、国際学会にて報告する。報告後、論文は関連学会の査読雑誌へ投稿する。また、この内容をもとに、Journal of Canadian Studiesといったカナダ研究の国際誌への論文投稿も目指す。 なお、本研究についてスウェーデン・ウプサラ大学にてヨーロッパの事例との比較研究交流を行う見込みとなった。資金面、および時間的制約からカナダとスウェーデンそれぞれへの渡航は困難であることに加えて、ヨーロッパの事例との比較研究に結びつけることにより本研究の発展が見込まれることから、海外渡航に関しては当初の計画を変更し、スウェーデンにて研究交流を行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
1)文献研究のための資料収集および研究用品購入2)海外研究調査:スウェーデン・ウプサラ大学のJohan Tralau准教授と、本研究についてヨーロッパの事例との比較を含めた研究交流を実施する計画である。3)国際学会報告9月に中国・北京で開催されるPacific Asia Network of Canadian Studies 2012年度大会にて、研究報告を行う予定である。4)国内学会出張:9月に大阪・関西大学で開催される日本カナダ学会に参加予定。
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