国際関係論における相対・絶対利得の論争は、利得が固定された2x2ゲームの枠内で行われてきており、自国と相手国、および他の第三国同士の対戦結果が、将来の利得構造に累積的な影響を与えることは殆ど想定されていない。このような環境のもとでは相対利得の影響を過小評価する恐れがあるうえ、どのような条件の際に相対利得を考慮に入れる必要があるのか、無いのかも不透明である。そこで本課題では①こうした要素を組み込んだ一般性のあるモデルを作成し、②どのような条件下において相対利得が合理性を持つのかを包括的に検証することを目的とした。 上記①の目的(モデル作成)に関して、マルチエージェント・シミュレーション(MAS)を用いて、利得構造が過去の累積スコアによって動態的に変化する「繰返し囚人のジレンマ」モデルを作成した。このモデルは、過去の累積スコアが利得構造に与える変化の方向を様々に設定することができるよう作成した。また、RAの協力を得て、初期配置ルール、交渉ルール、終了条件など各部分の内部ロジックの検証(デバッグ作業)を行った。 上記②の目的(相対利得が合理性を持つ範囲の検証)を達成するための検証作業を主に24年度以降に行った。さまざまな条件下で、相対利得を持つエージェントが、絶対利得を持つエージェントよりも有利となるか否かを検証した。その結果、(a)過去の累積スコアが利得構造に与える動態的な変化のパターン、エージェント数、交流範囲の違いが、相対利得の優位性を大きく左右すること、(b) 相対利得が明らかに有利となり、したがって(模倣や学習により)行動規範になりやすい条件が存在することが、確認できた。この結果は、社会現象をモデル化する際に無批判に絶対利得的前提を採用することに警鐘を鳴らすと同時に、相対利得による協力の阻害が生じにくいインセンティブ制度設計の可能性を示すものである。
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