本研究は、第一次世界大戦終結から第二次世界大戦開始までの期間(以下「戦間期」と記す)のイギリスにおける国際関係学の発展を、当時興隆していたナショナリズムをめぐる議論と関連付けながら歴史的に再検討するものである。 最終年度となる本年は、前年度までの資料調査や文献研究、学会や研究会でのディスカッションの内容を再整理し、研究を総括することに注力した。その成果は、論文「戦間期イギリスの国際関係研究における『理論』―チャタム・ハウスにおけるナショナリズム論をめぐって―」にまとめられ、学会誌『国際政治』第175号に投稿され、掲載に至った。 本論文は、黎明期にあった国際関係学のイギリス人研究者たちが、第一次世界大戦の原因とされた大陸ヨーロッパの「攻撃的・排他的なナショナリズム」を国際秩序構築の障害ととらえ、その超克を考究しながら、同学の理論的発展を推し進めていたことを明らかにした。彼らは、個人のみならずチャタム・ハウスという新設のシンクタンクにも依拠し、ディシプリンの専門性を深化させるよりも、政治・社会・歴史に関する知を総合的に動員して、変化する国際政治の現実と対峙していた。このことは、イギリスにおける揺籃期国際関係論の議論の回路が多元的であったという主張を支持するとともに、理論的論争が主に政治学の主導でなされた、アメリカにおける学問状況との相違を際立たせている。 本研究は、戦間期国際関係研究の一面を、概念や理論が経験的な事実と擦り合されながら発展していく知的プロセスとして描き、学説史に一つの視点を付け加えた。これは、当時の国際関係研究における「理論」、または価値や制度をめぐるさまざまな知的営為が、日々変化する国際政治情勢や時代および思想の状況を色濃く反映しており、歴史的文脈を離れて抽象的には思弁され得ないことを示唆している。
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