主に地方自治体によって運営されている公設試験研究機関(以下、公設試)はその歴史、機関の数、カバーする技術分野の多様性、立地範囲の面から見て、世界に類を見ない充実した地域イノベーション政策である。公設試は独自の研究や技術指導を通じて地域企業のイノベーションを直接的に支援するとともに、様々なスキームを通じて地域企業を知識連携に組み込み、間接的にイノベーションを支援するという役割を担っている。公設試の技術移転活動を定量的に評価することが、より効率的な地域イノベーション政策を設計する上で重要であるという認識は、関係者の間で広く共有されている。しかし、この分野での実証研究の蓄積は十分とは言えず、エビデンスに基づいた制度設計を妨げている。こうした先行研究の状況を踏まえ、本研究では企業、国立大学、公設試の研究開発、技術移転に関するパネルデータを構築し、公設試が地域イノベーションシステムにおいて果たす二つの役割、すなわちイノベーションの源泉と触媒、を定量的に検証した。パネル推計から以下の点が明らかとなった。第一に、公設試の技術移転活動が一年のラグを持って企業のイノベーションに影響を与えるのに対して、大学研究が企業のイノベーションに影響を与えるには五年のラグを要する。この結果は企業が科学的知見から産業上の有用性を見いだし、技術開発を行うのに時間がかかる一方、技術指導のような製造現場における具体的な問題解決を目的とする技術移転の効果は、比較的短期間に発揮されることを示唆している。第二に、公設試は地域内産学連携の促進には寄与しない一方、国立大学のリエゾンオフィスは地域内産学連携を促進している。この結果は地域イノベーションシステムにおけるイノベーションの触媒となる機関を政策的に展開する場合、各機関の特性に応じた分業関係を考慮すべきであることを示唆している。
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