本年度は、これまで蓄積してきた歴史研究に理論的な考察を加えた。歴史研究の方法論として特徴的な史料批判に基づいた実証に加えて、新制度派組織理論の理論枠組みを援用しながら研究を進めた点に、本年度の研究の特徴がある。より具体的には、明治後期から昭和初期にかけてもともと野良着に過ぎなかった「銘仙」が、なぜファッション性の高い流行商品となりえたのかを検討した。ファッション性を要求される銘仙の誕生の社会経済史的な背景を探ることで、日本において図案家の活躍する下地がいかに形成されたのかを明らかにした。 この研究の意義は、近代の日本において、図案の必要性を生み出したプロセスを明らかにした点にある。先行研究に基づけば、企業とりわけ製造企業の意図を強調してそのプロセスが説明されてきた。具体的には、「大量生産技術の登場→量産されるが故に他製品との差別化の必要性が高まる→差別化の源泉としてデザインへの要求が高まる→デザイナー(図案家)への要望が増加する」というプロセスである。これに対して、本研究の知見に基づけば、日本のファッションの萌芽期である明治後期において、製品差別化のためにファッション性が高まったというよりは、むしろ多数の行為者が介在し、必ずしも製造企業の意図によってファッション性が求められるようになったわけではなかった。具体的には、「女子高等学校への制服への採用→市中での銘仙の目撃頻度の増加→百貨店が銘仙への注目→百貨店が販売戦略としてデザイン性を追求」というプロセスであり、製造企業が独自にファッション性を高めたわけではなかった。
|