研究課題
平成23年度前半は、会計利益と課税所得の一致の程度と価値関連性を扱った実証文献を調査し、それらの文献の論点を整理した。具体的には、Ali and Hwang (2000)およびGraham and King (2000)等のクロスカントリー・リサーチを中心にサーベイした。 理論文献については、類似した研究が存在しなかったため、利益操作と価値関連性を取り扱ったFischer and Verrecchia (2000)およびそのモデルを拡張したEwert and Wagenhofer (2005)の2文献をサーベイし、そのモデルの拡張をおこなった。Fischer and Verrecchia (2000)のモデルに税務当局を導入して拡張し、日本のように会計利益と課税所得のリンクが強い場合(コンフォーミティ・モデル)と米国のようにリンクが弱い場合(デカップリング・モデル)という2つのモデルを構築した。 理論モデルの結論として、以下のことがわかった。第1に、税務調査確率が報告利益の価値関連性に影響を与え、コンフォーミティ・モデルの場合には、価値関連性は税務調査確率に関して増加的、デカップリング・モデルの場合には、価値関連性は税務調査確率に関して減少的になる。第2に、操作前利益の不確実性が大きい場合、または、経営者のタイプの不確実性が小さい場合において、コンフォーミティ・モデルの価値関連性はデカップリング・モデルよりも高くなる可能性がある。 この成果は、ヨーロッパ会計学会、アメリカ会計学会、アジア太平洋会計学会において報告し、有益なコメントをいただいた。さらに、当該テーマに派生する実証論文を執筆し、財団法人納税協会連合会主催の「税に関する論文」に投稿し、奨励賞を受賞した。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、経済理論モデルを発展させ、どのように税実務的に意義のある理論モデルを構築するかが重要となる。経済分野では、モデルの取扱いやすさや数学的な美しさ等が重視されることが多いが、税実務では、モデルの美しさよりも現実的妥当性や実証可能性が重視されると思われる。そこで、解析的に煩雑になることを考慮して、数値解析ソフトを積極的に用いることにより、計算の効率化を図ることが可能となり、さらにモデルの数値例を提示することによって、現実的妥当性を考察することが容易になった。 また、全体の期間を通じ研究報告の場としてセミナーに積極的に参加したことによって、研究の進捗が順調となった。なぜならば、学会に比べセミナーは一般的に報告時間が長く、本研究の目的や独創性、意義についてより詳細な議論ができたからである。本研究では、セミナーは研究の意義や重要性を討論する場として、国内学会はそれらを確認する場として、さらに海外学会はそれらの国際的価値を知る場として、というように、各研究報告の場に個別の明確な目標を与えたことが、これまで順調に進展できた大きな理由であると考えられる。
平成24年度前半は、昨年度に構築した経済理論モデルを拡張する。昨年度に参加した研究会や学会でのコメントを参考にして論文をブラッシュアップすることから開始し、同じ論文をベースにしながら、海外学術誌に投稿することを目的とする。具体的には、(1)バイナリとしていた会計利益と課税所得との一致について連続変数としてインデックス化すること、(2)プレイヤー間の情報構造を変化させること、(3)プレイヤーのリスクに対する選好を変えること等を考えている。これらの拡張により、既存の実証研究との整合性に説得力をもたせたり、新たな実証命題を導出できると予想している。 平成24年度後半は、今年度と同様に、拡張論文の分析を進めることによって得られた研究成果を大学主催のセミナー(慶應義塾大学の「分析的会計研究会」や大阪学院大学の「税務行動研究会」等)及び国内学会(日本会計研究学会)にて報告し、討論で得られた有益な情報を論文に反映させる。
今年度も昨年度と同様に、国際学会での報告を年に数回おこなう予定である。すなわち、主な研究費の費目は、「セミナー報告、国内学会、及び海外の学会報告のための出張旅費」と「英文校閲」であり、海外の学会は、European Accounting Association、American Accounting Association, およびAsian Academic Accounting Association等を予定している。 また、近年の一流学会誌のトレンドとして、理論研究と実証研究を組み合わせた論文が多数掲載されていることから、理論モデルで得られた結論をデータを用いて検証する作業をおこなう予定である。その実証分析用の統計ソフト(15万円程度)も支出予定である。
すべて 2011
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (4件) 図書 (1件)
財団法人納税協会連合会 第7回「税に関する論文」入選論文
巻: 1 ページ: 53-81