研究課題/領域番号 |
23730476
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
祐成 保志 信州大学, 人文学部, 准教授 (50382461)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | ハウジング / コミュニティ / 計画 / R. K. マートン / 社会調査史 |
研究概要 |
平成23年度は、1930~40年代のアメリカにおける、ハウジングに関する社会学的研究の最初期の試みに着目し、とくに、R. K. マートンを中心に、コロンビア大学応用社会調査研究所が1940年代中盤に実施した計画的コミュニティ(planned community)研究の全体像を把握することを主要な課題とした。マートンのハウジング研究について文献調査を進めたところ、研究成果をまとめたPatterns of Social Life: Explorations in the Sociology of Housingと題する報告書が、謄写刷の内部資料として少数の研究者の目に触れたに過ぎなかったこと、他方で、J. コールマンのようにこの研究を高く評価し、くり返し言及している研究者もいることが分かった。また、同研究所の所長を務めていたP. ラザースフェルドが渡米前に従事していたコミュニティ調査、さらには、マートンやラザースフェルドが同時期に行っていたメディアの効果やパーソナル・ネットワークの形成に関する研究との関連もうかがえた。こうした準備を踏まえて、平成24年1月末から2月上旬にかけて、コロンビア大学附属図書館希少本・原稿ライブラリー内の「ロバート・K・マートン文書」にて、ハウジング研究に関する資料を閲覧し、可能なものについては写真撮影を行った。その中心となる前述のPatterns of Social Lifeは、全14章と付録から構成され、700頁以上に及ぶ予想以上に大部の報告書であった。この他、研究助成の申請や研究資金の配分に関する書類、調査員のトレーニング・マニュアル、聞き取り記録、協力者との書簡、調査報告書についての問い合わせ状況など、研究の進行や波及を理解する上で有益な資料も含まれている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
日本の社会学では、マートンは機能主義の理論家と目されることが多く、実証的な研究業績については科学社会学、医療社会学、コミュニケーション研究に言及されることはあっても、ハウジング研究は全くと言っていいほど知られていない。さらに、90年代以降は、マートンに対する関心自体が薄れていき、その広範囲にわたる知的生産に注目が集まることもなかった。一方、米国では生誕百年にあたる2010年に上記のマートン文書が公開されたこともあり、再評価の条件が整いつつある。例えば、同年刊行された論集Robert K. Merton: Sociology of Science and Sociology as Science(C.キャルホーン編)において、都市社会学者R. サンプソンは、Patterns of Social Lifeを重要な文献として位置づけている。しかし、米国においても、マートンのハウジング研究の全体像を明らかにした研究は登場していない。文献調査によって以上のような状況を把握するとともに、海外出張を通じてPatterns of Social Lifeをはじめとする貴重な資料を閲覧・撮影できたことは、平成23年度の大きな成果である。ただ、予想以上に資料の分量が多く、またその整理に必要な専門的知識をもった研究協力者を得ることが困難であったため、資料整理については基礎的な作業しか進めることができなかった。このため、「おおむね順調に進展している」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
マートンがハウジング研究に着手したのは1940年代前半、すなわち戦時期であった。英国では、これにやや先行する1930年代後半に「大衆観察(Mass Observation)」運動の一環としてハウジング研究が行われ、An Enquiry into People's Homes(1943年)という報告書が発行された。英米において1940年前後に社会学的なハウジング研究が実施されたのは偶然ではなく、総力戦に伴う戦時動員が、日常生活の体系的分析と計画的制御を要請していたためであると考えられる。本研究の当初の計画では、1980年代以降の英国のハウジング研究の動向を定量的に把握する予定であったが、マートン文書での資料調査等を通じて、ハウジング研究における戦時期の重要性が明らかになったことから、計画を変更することにした。具体的には、大衆観察運動期から、スラムクリアランスとリハウジングの影響を分析したFamily and kinship in East London(M. ヤングとP. ウィルモット)が「地域社会研究所(Institute of Community Studies)」の報告書第1号として刊行された1957年までを、英国におけるハウジング研究の草創期と位置づける。平成24年度は、これに関連する資料を収集するとともに、マートンのハウジング研究との比較を念頭に置きながら、その目的・方法・知見を整理する。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成23年度に本研究を開始した後、International Encyclopedia of Housing and Home(Elsevier)の刊行計画を知った(販売価格は20万円前後)。同書は全7巻、計3,500頁に及ぶ、ハウジング(住宅供給・住宅政策等)とホーム(住生活・物質文化等)に関する百科事典である。これまで類書が刊行されたことはなく、本研究の遂行にとって重要な意義を有している。平成23年度中に購入することを想定して必要額を確保していたが、2012年7月刊行予定と発表されたため次年度に繰り越した。平成24年度は、平成23年度に収集したマートン関連の資料のうち、特に重要なPatterns of Social Lifeについては大学院生等の協力を得ながら復刻作業を進めるとともに、ハウジング研究の歴史や近年の動向について、研究者から専門的知識の提供を受ける。このため謝金の支出を予定している。これと並行して、英国の草創期ハウジング研究に関する文献を収集する。日本国内で収集が困難な資料については、英国サセックス大学の「大衆観察アーカイブ」での調査を予定している。これに伴う書籍購入費、文献複写費、旅費を支出する予定である。
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