研究課題/領域番号 |
23730476
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
祐成 保志 東京大学, 人文社会系研究科, 准教授 (50382461)
|
キーワード | 社会調査史 / 住宅問題 / 社会政策 / 計画的コミュニティ / R. K. マートン |
研究概要 |
平成24年度は、前年度にコロンビア大学附属図書館希少本・原稿ライブラリー内の「ロバート・K・マートン文書」で収集した資料をもとに、1940年代中盤にマートンを中心とするコロンビア大学応用社会調査研究所の研究グループが実施した大規模な住宅地調査の全容の把握に努めた。 同調査の最終報告書であるPatterns of Social Life: Explorations in the Sociology of Housingの読解を通して、調査のテーマが、属性による住宅地への意味づけの差異、人間関係のネットワーク、友人関係の選択過程、人種間関係、地域政治と大衆参加、プライバシーの社会的価値、管理者の役割、計画と自由と多岐にわたっていたことが分かった。とくに重要と思われるのは、この調査が、居住者の属性や経験による差異(個別的水準)、居住者間の社会的ネットワーク(構造的水準)、そして住宅地を取り巻く世論や政治の動向(環境的水準)の3つを焦点化している点である。それは、マートンのハウジング研究が、単に住宅地をフィールドとした調査にとどまらず、諸主体間の交渉を通じて居住の場が形成される過程の分析に踏み込んでいたことを示している。アペンディクスにおいて、質的手法と量的手法の統合、調査主体と調査対象の関係、調査組織の運営など、調査研究の方法に関する普遍的な問題が提起されているところにも、鋭敏な方法意識の現れを読み取ることができる。それらは、1970年代以降に本格的に展開される社会学的ハウジング研究における基本的な論点を先取りするものである。 Patterns of Social Lifeは1951年には完成し、謄写刷が作成されたものの、公刊されることはなかった。これまで存在すらほとんど知られていなかった同資料の本格的な検討に着手できたことが、本年度の最大の成果であった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マートンのハウジング研究に関連する資料は予想以上に膨大で、最終報告書だけでも700ページに及ぶ。当初、平成24年度には英国の戦時期ハウジング研究についての資料収集を目指していたが、当面はマートン資料の整理と読解を先行させることにした。まず、画像データの状態で持ち帰った資料をテキストファイルに変換する作業にとりかかった。OCRによる自動入力を試したところ誤変換が多く、専門業者による手入力に切り替えた。この作業は順調に進み、最終報告書の全ページの入力が終了した。これと並行して、関連する公刊文献を検討した。とくに、マートンらが編集したJournal of Social Issues誌の特集「ハウジングにおける社会政策と社会調査」(1951年)は、ハウジングに関わる米国内外の実務家や研究者が参加しており、マートン資料の読解だけでなく、当時の住宅政策と社会調査の関係を知る上で鍵となる文献である。 これらの検討を通じて、当時、L.フェスティンガー(マサチューセッツ工科大学)やM.ドイッチ(ニューヨーク大学)といった社会心理学者が計画的住宅地の人間関係についての社会調査を行なっており、研究成果が書籍として公表されていたことが分かった。それらと比べると、マートンによる調査は、コミュニティの社会構造と変動過程を総体的に把握しようとする点が特徴的である。こうした「社会心理学」から「社会学」への重点の移行は、調査に厚みと奥行きをもたらすと同時に、実施と分析の困難を招いたとも考えられる。 11月の日本社会学会大会では、こうした知見の一部を報告した。また、3月に再びコロンビア大学を訪れ、補充の資料調査を行なった。当初の予定は変更したものの、マートン資料の整理と分析を予想以上に進めることができたので、「おおむね順調に進展している」と評価した。
|
今後の研究の推進方策 |
マートンは自らの調査を「計画的コミュニティ」の研究と呼んでいる。計画的に整備された住宅地(「ニュータウン」「高層集合住宅」「再開発地区」など)は、日本においても社会学者の関心を集めてきた。平成25年度は、このうち「団地」を対象とする社会調査を検討し、マートンらとの調査との共通点と相違点を明らかにする。 1950年代の日本では、高所得者向けの住宅金融公庫、低所得者向けの公営住宅、そして中所得者向けの日本住宅公団というように、経済階層に対応した住宅供給体制が整った。このなかでとくに注目を集めたのは、住宅公団が短期間で大量に建設した鉄筋コンクリート造集合住宅(いわゆる「団地」)である。1950年代半ばから60年代半ばの10年ほどの間に、戦後の社会学を牽引した有力な研究者たちが、こぞって団地の調査に乗り出している。当時の日本社会学では、米国からの強い影響のもと、社会心理学、大衆社会論、大量観察法が導入されつつあった。そうした新たな視角や手法の、いわば実験場として団地が選ばれたとも言える。マートンのハウジング研究は、これらの調査において直接参照されていたわけではないが、調査の背景や問題意識には共通点が少なくない。 むろん違いも大きい。マートンらはわずか2ヶ所の、比較的小規模の住宅地を数年間という長期にわたって調査した。そこでは、少数の事例からいかに多くの問いを引き出すかに重点が置かれている。これに対して、日本の団地調査は機動的ではあったが、多くの場合、限定された問いの検証に終始した。方法論に関しては、団地調査は住民の属性や意識の記述・分析にとどまっていたが、マートンはコミュニティの「構造」と「環境」をとらえる方法を模索していた。こうした違いが何に由来し、どのような結果をもたらしたのかを、方法史の観点から調査資料を読み解くことを通じて考察することが今後の課題である。
|
次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度の研究費の多くは、テキスト入力、コロンビア大学での資料収集のための旅費、そして資料購入費に充当した。このうちテキスト入力は、アルバイトの雇用を想定し、人件費・謝金を確保していたが、この種の作業の経験をもつ専門業者に委託した。これにより、当初の予定に比べて費用がかなり低く抑えられた。また、24年度は、中心的な資料であるPatterns of Social Lifeの入力および点検・読解を優先させたため、他の資料の入力は次年度に持ち越すことにした。 平成25年度には、マートン資料のうち、まず中間報告書(1946年6月)の入力を行う。研究資金に関する書類、質問紙、調査員のトレーニング・マニュアル、講義録、協力者との書簡などについても、研究の進行や波及を理解する上で重要度の高いものを入力する。また、日本で実施された団地調査に関連する資料収集にともなう費用や、研究協力者との打ち合わせのための旅費などを支出する予定である。
|