平成23、24年度は、R. K. マートンらが1940年代後半に実施したハウジング研究の概要を解明することに重点を置いた。彼らの調査の最終報告書『社会生活のパターン:ハウジングの社会学の探究』は公刊されなかったが、コロンビア大学の希少本・原稿ライブラリーで保存・公開されている。2度にわたり同ライブラリーにて関連資料とあわせて閲覧・撮影を行った。主要資料のテキスト化および読解と並行して、公刊文献の検討を進めた。このうち、マートンらが編集した『社会問題雑誌』の特集「ハウジングにおける社会政策と社会調査」(1951年)は、当時の研究状況および政策との関連を知る上できわめて重要な位置づけにあることが分かった。 平成25年度は、上記の作業を続行しつつ、1960年代以降の英国におけるハウジングの社会学の展開に焦点を合わせた。1950年前後の米国におけるハウジング研究では、グループ・ダイナミクスやパーソナル・ネットワークといったテーマに注目が集まったのに対して、英国で提唱された住宅階級論や都市管理者論に特徴的なのは、都市の希少資源をめぐる政治への着目である。こうした諸研究は、ハウジングの比較社会学を構想したJ. ケメニーの『ハウジングと社会理論』(1992年)において体系化される。他方で、R. E. パールの『分業論』(1984年)のように、住宅を獲得・維持するための多様な仕事(work)の実践を観察することで地域の生活構造を捉えようとする著作も現われた。 本研究を通じて、ハウジングの社会学の展開を、社会心理学/政治経済学/エスノグラフィという方法の創出過程として把握することができた。それは、ハウジングが、理論や調査手法の実験場から、固有の意義をもった対象として再定義されてゆく過程でもある。今回得られた枠組みをもとに、戦後日本社会におけるハウジング研究の蓄積を読み直すことが今後の課題である。
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