本研究は「受忍」と「犠牲」という概念に着目しながら、戦後補償法制度の成立と変遷、および戦死者追悼における〈国民創出の制度と文法〉を描き出すことを目的としている。本年度は、昨年度に引き続き、①「広島県動員学徒等犠牲者の会」を中心に、広島で原爆死した動員学徒に関する資料を調査・収集し、②靖国神社、戦死者追悼、ナショナリズムや記憶研究に関する資料や先行研究の収集を行い、③本研究課題のうち、戦死者追悼に焦点をあてて、「戦死者追悼と集合的記憶の間――原爆死した動員学徒を事例として」を『理論と動態』で発表した。本論文では、広島で原爆死した動員学徒の追悼と原爆や戦争に関する集合的記憶との関係について考察した。 近代戦、とりわけ第一次世界大戦以降、戦死者追悼が国民統合を促してきたことは、欧米の先行研究を中心に明らかにされているが、本研究が対象とする、アジア太平洋戦争後の日本社会における原爆死者追悼においても、厭戦意識や原水爆禁止への意思を媒介とした連帯心を通して国民共同体を成立させてきたことが明らかとなった。戦争の記憶に関する論考において、靖国的な「殉国の語り」と「平和主義の語り」が対立軸として理解されてきたが、原爆死者の追悼に関しては、両者が併存してきたといえる。とくに、遺族や学友といった、死者と親密な関係にあった者の間では、その傾向が強い。国家存立や国家再生のための「尊い犠牲」として記憶されたとしても、原水爆反対の根拠や平和の尊さの象徴として想起されたとしても、死者は生者に平和国家護持や平和への誓いを促す道徳的権威として、政治的な立場の如何にかかわらず敬意が払われてきたのである。
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