最終年度の研究活動では、皇室関連商品をめぐる民衆・企業・行政各自の動向を追跡することで、天皇家の商品化という事態が天皇制ナショナリズム形成にとってどのような契機を構成したかを綜合的に考察した。とくに祝祭時に氾濫した皇室商品に対する一般民衆の態度について重点的な調査を行い、皇室商品の記号論的作用の第一義的な所在は国民意識の喚起でなく、消費への耽溺の正統化作用に見いだされる可能性を明るみにした。 調査活動の中心的拠点にしたのは本務校並びに国立国会図書館関西館である。継続的なアクセスが可能な前者では、主に大正・昭和初期の経済雑誌・実業雑誌を中心に資料調査を実施した。また後者にも定期的に出張し(合計5回)、祝祭の公式記録、実業雑誌記事、社史類、営業報告書、新聞記事を中心に資料収集を行なった。 本研究期間全体をとおして得られた知見と成果は次の3点にまとめられる。第1に、天皇家の商品化過程は決してシステマティックに進められたものでなく、皇室の表象を個人消費の喚起に結び付けようとする近代的経済主体の思惑と商略のもと、きわめて無秩序的な相貌を帯びつつ進んでいたこと。第2に、同時代の民衆世界では、皇室商品の氾濫という事態は消費への私的な欲望を解放する上でのある種の<口実>としてしばしば機能していたこと。第3に、天皇制ナショナリズムの編成主体である国家内部(とりわけ逓信省や専売局などの官業当局)にも天皇家を経済的効用という視点から意義づけ商品化し利潤を引き出そうとする資本制的な論理が深く滲透していたことである。総括すると、膨張を続ける資本制の論理が天皇制を浸食し、君主をシンボルとしたネイション形成をむしろ阻害していった経緯として天皇家の商品化過程を把捉し直すことで、皇室商品の流通を<国民>形成と直接に結び付けがちだった従来の研究史に新しい知見を付け加えることができたと考える。
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