研究課題/領域番号 |
23730512
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
立石 裕二 関西学院大学, 社会学部, 准教授 (00546765)
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キーワード | 地球温暖化問題 / 環境社会学 / 科学技術社会学 / テクノクラシー / 古紙リサイクル / ライフサイクルアセスメント(LCA) / 費用便益分析 / エネルギー |
研究概要 |
環境問題の政策決定における「テクノクラシー的構造」とは、行政と一部の専門家が政策を決める上流部分とそれを実行に移す下流部分が分離し、下流から上流へのフィードバック回路がない状態をさす。こうした構造を成り立たせている諸要素を捉えるため、2012年度は3つのアプローチで研究を進めた。 1.地球温暖化問題の論理が古紙・再生紙リサイクルに与えた影響。印刷・情報用紙への古紙配合は環境負荷の低減に本当に貢献するのか。こうした問いを考える際に使われるのが、製品の与える環境負荷を、原料採取から廃棄・リサイクルの段階まで総合して評価するライフサイクルアセスメント(LCA)の手法である。LCAが議論の基盤となることで、さまざまな環境問題がもつローカルな文脈が捨象され、シンプル化(一元化・指標化)されて議論される傾向が強まった。本研究では、シンプル化が進む社会的メカニズムとシンプル化がもたらす社会的影響、シンプル化を批判する動き(批判の困難さ)について検討した。 2.テクノクラシー的構造に関する理論的検討。2012年度は、専門家主導に対する批判のあり方に注目して検討を行った。学術研究レベルでの多様性が政策決定の場で不可視化されていくプロセスや、専門家の世界観を無条件に採用することがもたらす混乱・不信、カウンターパートとしての現場知の重要性、政策的批判の営みと学術研究の営みが両立するための社会的条件などについて検討した。 3.エネルギー対策と地球温暖化対策の間の食い違いに関する検討。当初より進めていた、温暖化対策と並行して石炭発電の導入が進んだ背景に加えて、東日本大震災後の社会情勢を踏まえて、原子力発電も対象に含めて調査を進めた。とくに、エネルギー選択をめぐる議論でしばしば使われる「費用便益分析」を取り上げ、そこでの批判のあり方、批判の余地の有無に注目して資料の収集と分析を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「1.地球温暖化問題の登場が古紙リサイクルに与えた影響」については、「再生紙は環境に良くないのか?──地球温暖化の論理と環境問題の変容」という題で学会発表を行った。発表後には、再生紙をめぐる議論状況に対して社会学のアプローチからどのように関与できるのかなど、いくつかのコメントが寄せられ、それらを手がかりに研究を進めている段階である。2013年度には学会誌に投稿する予定である。 「2.テクノクラシー的構造に関する理論的検討」については、論文等の形で研究成果を公表することができた(「キーワード 現場知」「環境問題における批判的科学ネットワーク」)。 「3.エネルギー問題と地球温暖化問題との関係」については、原子力発電と温暖化との関係を本格的に調べ始めた影響で、研究の進展がやや遅れている。放射線影響をめぐるテクノクラシー的構造については、学会シンポジウムの発表としてまとめることができたが(「原発事故問題における批判の社会的基盤」)、放射線影響に関する議論のゆくえが、費用便益分析の結果にどのように影響するのかについては検討中である。 地球温暖化問題に関する基本的資料の収集としては、エネルギー問題に関する専門紙のデータベースを購入し、1.および3.の研究を進める上で活用している。基本的資料の収集は、2012年度までに一通り完了したと考えている。 2012年度の研究成果を振り返ったとき、反省するべき点は複数のサブテーマの間で拡散気味になった面が否めないことである。今日の問題状況を考えたとき、原子力と温暖化の関係について取り組むことは重要だと考えるが、結果として各アプローチを当初計画ほどには進捗させることができなかった。次項に述べるように2013年度は重点項目を絞って、明確な研究成果につなげたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2012年度には、助成金の一部を前倒し申請し、エネルギー問題に関する専門紙データベースの購入に用いた。ただ、当初計画では2013年度に購入予定だったノートPCなど一部の物品は、研究を円滑に進めるために前倒しして購入済みであり、2013年度の研究計画を実行する上で支障はないと考える。なお、次年度繰り越しが生じたのは、前倒し申請どおりに執行した残額が生じたことに加えて、2013年3月に実施予定だったインタビュー1件が日程調整の結果、2013年4月初旬になったことが原因である。 2012年度の反省を踏まえて、2013年度は二つの点を重点化して、目に見える形での成果が得られるようにしたい。1)再生紙のLCAをめぐる対立とそこでの専門家の役割、外部からの批判の可能性に関する研究。2)原子力をはじめとするエネルギー分野における費用便益分析の使われ方、そこでの専門家の役割、外部からの批判の可能性に関する研究。とくに1)に重点を置き、学術誌への論文掲載につなげたいと考えている。2)についても、これまでの研究成果をもとに学会発表を行い、そのフィードバックをもとにさらに研究を進め、今年度中に学術論文としてまとめたいと考えている。 1)2)で共通して、「シンプル化(一元化・指標化)が生じるメカニズムおよびその帰結」、「認識の多様性が不可視化されていくメカニズム、多様性を再び開こうとする取り組み」という分析の軸が見えてきた。これらを中心に研究を進めることで、地球温暖化問題におけるテクノクラシー的構造とそれに対する批判のあり方について明らかにしたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
再生紙のLCAをめぐる対立とそこでの専門家の役割について調査する上で、今年度は批判的スタンスの側への調査に重点を置きたい。製紙会社による森林伐採を批判してきた(国際的)自然保護団体、古紙リサイクルに取り組んできた市民団体、LCAをめぐる議論の中で一時「無意味だ」という批判にさらされ、大きな動揺を余儀なくされた牛乳パック・リサイクルの市民団体などへのインタビューを行う予定である。また、日本製紙連合会へのインタビューも行いたい。インタビュー後には、テープ起こしの費用が必要となる。 地球温暖化問題に関する資料収集はかなりの部分で済んでいるが、調査研究と並行して追加的な資料が必要になると考えられる。対象としては紙と原子力、アプローチとしてはLCAと費用便益分析に関わるものに重点化して資料収集を進める予定である。
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