研究課題/領域番号 |
23730542
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研究機関 | 大妻女子大学 |
研究代表者 |
柴田 邦臣 大妻女子大学, 社会情報学部, 准教授 (00383521)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 福祉 / 介護生活 / 情報技術 / ライフログ / QOL / 高齢者 / 障害者・児 |
研究概要 |
日本の福祉現場は「書類にはじまり書類に終わる」とまで言われ、その硬直化が指摘されてきた。本研究は、介護記録・療養記録などといった、"支援者のための記録"を、高齢者や障害者が自らの生活向上と、主体性の源泉としうるような「ライフログ」へと転換していく情報システムの構想と試験的実証を目標としている。 今年度は日本の福祉的な状況の精確な把握、および求められるシステムの調査と試作に重きを置いた。特に今年、対象としたのは、日本の福祉の根幹である高齢者福祉である。ただし、日本の福祉社会の現代性、さらにいえば社会構造そのものは、2011年3月11日に大きく変容したといわざるをえない。東日本大震災の特徴は、その被災地が高齢化・過疎化しており、被災者の大半は高齢者、まさに福祉支援の対象という点である。特に本研究は、そもそも仙台市や山元町など宮城県を対象としており、その多くが被災したため、その進展の中で、「福祉介護情報システム構想」の範囲内でとして、高齢者の被災した後の生活を踏まえたシステム立案と試用をおこなった。 具体的には、高齢者の生活の記憶を想起する情報システムの開発と運用を試みた。まず、介護施設の記録を読み込み、その情報を「お年寄りにも楽しめる」かたちで出力するシステムづくりをおこなった(柴田・服部・松本 2011)。次に介護生活における生活情報・「思い出」活用システムの試用と、高齢者向け実態把握の一環として、宮城県の協力NPOと山元町の依頼を受け被災した方々が「思い出」を探しだし共有するシステムとして活用した(柴田 2012a、2012b、柴田・保良・服部 2012)。以上により、高齢者などの介護生活における「思い出」の重要性を確認し、社会的背景として確認するとともに、そのためのライフログ蓄積システムの可能性を指摘することができた(Shibata 2012)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
3年にわたる本研究のうち、初年度は日本社会の介護福祉状況の把握と、そのための試験的なシステム運用、その影響の概観を担当している。東日本大震災という予想外の事態があったが、むしろだからこそ、本年は当初の予定に合致するかたちで目標を達成できたと考えている。 まず、試験的システム構築は「生活情報の収集・入力」と、その情報を生活が潤うかたちで出力し活用できるような「思い出情報の出力」の2つに整理できる。当期は介護施設の記録を読み込みマイニングした上で、「お年寄りにも楽しめる」かたちで出力するシステムづくりをおこなった。具体的な出力方法は撮りだめた写真や記念の写真を、介護記録とあわせてアルバムのように出力し、家族や介護者と見られるようにすることで「思い出」を共有し楽しめるシステムを構想した(柴田・服部・松本 2011)。またフィールドワークとして宮城県のNPOと福祉施設を選定し、仙台市の施設、亘理郡山元町(保健福祉課)などの協力を得ることができた。もちろん仙台市、山元町とも東日本大震災で深刻な被害を受け、高齢者の介護生活は激変した。だからこそ、そういう現場、地域社会において求められるシステムと、その運用を模索する事ができた(柴田,2012a、2012b)。具体的には、本研究の情報システムで想定されていた高齢者に使いやすい日々の写真やコメントを記録し共有する機能を用いて、被災地にて回収された被災アルバム・写真をデジタル化し、お年寄りが大半を占める被災者・避難生活者が、自分の思い出を探すさいにも活用した(柴田・保良・服部 2012)。 過疎・高齢化が進む宮城県の被災地においてみられた復興過程は、日本の高齢社会における課題の先行例であり、縮図であるともいえる(Shibata 2012)。そういった意味で、介護生活における新しいテクノロジー導入の、貴重な手がかりが得られたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の本研究の成果として、福祉生活における「思い出」や記憶を支え、それを取り戻すことで生活を質的に豊かにし、介護者とのコミュニケーションを図ることができる点を明らかにした。特に震災被災地での「思い出」システムの援用とその実証は、高齢者の福祉生活にこのような情報システムが大きく寄与することに気づかせた。この意味で、新しい「生活におけるテクノロジーの意義」を浮上させる可能性が、本研究に与えられたといえよう。それは「お年寄りにも障害のある人にもやさしい技術」が、これまで考えられていたような使いやすさだけではなく、「気持ち」や「自分を肯定するモチベーション」のようなものを支えるほど、重要なものである、という視角である。 その意味で本研究は実証研究でありながらも、前例のない試験的な研究としての意味合いを強めるべきだと考える。そのために今後は2つの点で研究を進める。まずは当初の計画どおり、本研究における情報システムを実際に構築する。そのさいに次年度は「ライフログ・システム」として、生活に密着した情報入力を考えたい。特に介護記録のように書かれたものだけではなく、情報を入力しストックするところの技術改善を重視する。例えば聴覚障害者向けのClosed Captionにおける情報入力が参考になるだろう。 もうひとつは、介護生活におけるフィールド選定の工夫である。それは、いわゆる介護情報システムという狭い範囲だけでなく、広く視角を広げた生活全体を向上させるような「ライフログ」システムとして設計し直す。介護記録は高齢者だけがとられているものではない。介護生活をおこなっている人のなかでも、障害者・児は、保護者の協力が得るかたちで、ライフログとしての精度を高めた実証が可能となるだろう。以上の2点をポイントとして取り込みながら、具体的なシステムづくりを目指すのが今後の目標である。
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次年度の研究費の使用計画 |
今後の研究推進として、次年度の研究費は、主として3つのポイントに絞って使用する計画とする。 まずひとつめは、現行の試作システムにおいて判明した分析や社会背景を反映させて、新しい「ライフログ・システム」を作り出す作業に予算を傾注する。特に今年度は、「情報入力」の部分を精緻化する。紙となった介護記録だけでなく、音声認識や筆記メモなどを、「利用者が福祉生活の中で主体的に記録する」ことを可能にするようなシステムをめざし、音響関係のディバイスを準備して、システム設計に生かしていく。 ふたつめに重視するのは、フィールドを高齢者とともに、障害者・児も踏まえ、より「ライフログ」として充実させるための方策である。前年度の海外調査によって、欧米などで類似のIT活用の成果が出ていることが判明したが、その多くは障害のある子どもたちの生活を記録し、それを親が活用していく図式のものであった。次年度はその地に赴いての調査に予算をかけ、最新の知見を導入していく。 最後は、宮城県にフィールドを持っていた本研究の強みを生かした実証の継続である。特に本研究では、被災した高齢者と知り合う機会が増えた。その場でのライフログを生かした生活向上をめざす場合、重要なのは機械だけではなく、利用する力=リテラシーの存在である。高齢者がITを活用するためのリテラシーは、やはり情報システムにとって不可欠であり、そして本研究の対象の一つでもある。そこを対象とした実証は、社会に貢献する研究としてめざす姿ともいえよう。次年度は以上の3点に重点的に費用を使用し、研究の中間年である本研究において、もっとも実践的な成果をあげる年にしたいと考えている。
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