臨床場面において、来談者が自伝的記憶を想起し追体験する現象について、認知的側面および主観的側面の二側面から明らかにすることを目的とした調査研究を実施した。当該年度はその二年目であり最終年度であった。当初の計画通り、第二調査を一年間かけて実施することができた(12名中、1名だけ都合により調査を辞退したため、調査対象者は11名分のデータとなった)。そして、量的データ(質問紙調査データ)は統計的分析を行い、質的データ(インタビューデータ)はテキスト化し、臨床心理的観点からの読解を試み、その成果は論文としてまとめられた。 今年度の調査では、月に1回の半構造化面接調査を1年間継続して実施し、既視体験(デジャヴュ体験)やプルースト現象など、自伝的記憶の想起にまつわる多様な体験について聴取することができた。この方法により、1か月以内に体験した新鮮な素材を扱うことができ、想起した瞬間の心身の状態および主観的側面について詳細に聴取することができ、貴重な資料となった。一方で、体験直後にはその体験の意味が明らかになるのではなく、数か月後にやっとその意味が浮かび上がってくるという興味深いデータも得られており、臨床場面における自伝的記憶想起の特徴を考えるうえで示唆的な結果が得られた。 また、プルースト現象の語りを分析したところ、先行研究と同様に、人生早期の記憶を想起する人が約半数いた一方で、時期を特定できない記憶を想起する人もまた約半数おり、その自伝的記憶は、その人のファンタジー(幻想・空想)を含む可塑的なものである可能性も示唆された。しかしこの結果は11名というごく少数のデータからの結果であり、今後はより多数のデータ収集によって精査する必要があると考えられた。総括として、これまであまり注目されてこなかった「曖昧な自伝的記憶」の想起の特徴について、一定程度明らかにすることができたと考えられる。
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