平成24年度(補助事業期間の最終年度)における本研究の成果は、「RHETORIC OF LOVE IN MODERN JAPAN: RECONSTRUCTING FEMALE SEXUALITY」というタイトルで以下の内容にまとめ、『Proceedings of the 4rd Tokyo Conference on Argumentation』(2012)に掲載した。 大正期の通俗性教育においては、「恋愛」とは肉体的な快感と同時に「精神的快感」の双方を得ることができるような関係を意味していた。また、この「精神的快感」とは具体的には女性の美しい容姿を愛でることによって得られる喜びであり、性交による肉体的な快感をさらに高める触媒的なものとして捉えられていた。このように通俗性教育においては、もっぱら「恋愛」の意義を、快感を「要求する」側の男性セクシュアリティの観点から考察し、男性の快楽がどこまでも追及されているのである。そして「美人」がもてはやされるような社会的風潮が、男性のこうした快楽の面から正当化されていた。なお、通俗性教育が想定した「美人」とは、健康的で均整の取れた女性の身体美をそなえた女性のことであったが、この身体美とは、西洋の美術、西洋人の裸体がモチーフとなっていたものであった。こうして、女性の「美」の基準、「美」のイメージが、男性の視点から詳細に規定されていったのである。 次の30年代は「性の商品化」現象が顕在化しはじめる時代である。こうした女性の「性の商品化」を促す男性セクシュアリティの登場は、より充実した快楽を得るため西洋の女性をモデルに新しい「美」の形を追求した通俗性教育からも予期できよう。すなわち、1920年代の通俗性教育は、1930年代における新奇の性産業の流行、女性の身体の商品化の促進をもたらした一つの要因と見ることができるのである。
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