研究課題/領域番号 |
23730791
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研究機関 | 愛知教育大学 |
研究代表者 |
川北 稔 愛知教育大学, 教育学研究科(研究院), 准教授 (30397492)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 発達障害 / 特別支援教育 / 医療化 / 個人化 / 生活履歴 |
研究概要 |
本研究は、保護者や教師の発達障害への理解と対応を、狭義の医療や教育分野にとどまらない生活履歴(biographyやlife history)との関連で分析することを目的とする。初年度は【民間支援組織のフィールドワーク】【インタビュー調査】【研究の理論的位置づけ】を中心に研究を実施した。 【民間支援組織のフィールドワーク】研究の準備段階にあたる作業である。民間支援組織に参加し、参加者への聞き取りをすることで背景知識を蓄積。同時にインタビュー対象者を募った。東海地方で学習障害を支援する2団体を中心にセミナーなどの場に複数回参加した。 【インタビュー調査】インタビュー調査は、研究上主要なデータ収集の方法である。23年度は上記の民間支援組織の参加者を中心に、発達障害を持つ子どものいる6人の保護者(母親5名、父親1名)のインタビューを実施した。対象者の子どもの年齢は小学校高学年から30代に及ぶ。障害に気付いた時期も学齢期以前から高校入学後までの幅を持つ。 これらのエピソードから明らかになった発達障害の理解・対応をめぐる葛藤を「親子関係」「学校との関係」「将来の見通し」の3テーマに整理し、基礎的な分析を行った。成果の一端として、収集されたエピソードから、障害の概念を経由しつつも、狭義の障害理解や対応にとどまらない子ども理解や、それによる親子関係の再構築がみられた。 【理論的位置づけ】生活履歴を分析するための理論的視点を準備した。従来の「逸脱の医療化」論は逸脱への事後的対応として医療化を位置づけ、その効果として専門家支配や社会問題の個人化を指摘する。だが発達障害の現代的位相においては、将来のライフコースを見越した事前的対応の広まりをはじめとして、旧来の医療化論ではとらえられない点が少なくない。この議論をインタビュー・データとともに提示し、第63回日本教育社会学会大会で報告した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度はインタビュー調査によって6名分のデータを収集し、基礎的分析と理論的位置づけを経て、学会報告を行うことができた。全体として、初年度としては順調に作業を進められたと考える。 【民間支援組織のフィールドワーク】東海地方の2団体を中心に調査を行い、従来から関係を構築している保護者や支援者から継続的に情報収集をする準備を整えた。関東や関西での支援団体によるイベントにも参加し、インタビュー・データの分析に有益な視点を与えられた。先駆的な団体の動向を情報収集することによって、狭義の障害に関するエピソードにとどまらず、学校や職場など広範囲な社会適応に関する生活履歴が、どのように検討できるかについて示唆を得た。これらの団体との継続的な関係の構築が今後の課題である。 他方で、民間支援組織以外の医療機関や学校(特別支援学校を含む)へのアプローチは進まなかった。これらの支援機関や教育機関への調査は、インタビュー調査を解釈する際の背景的知識となる。また保護者の学校との葛藤に関する分析を補完するものとして、教員へのインタビュー実施が課題となる。 【インタビュー調査】6名という少数ではあるが、民間支援組織の代表的メンバーへのインタビューを実施できた。今後は、より多様な対象者を募り、得られるデータの幅を広げることが課題である。 【理論的位置づけ】従来の「逸脱の医療化」論を刷新する議論の方向性を検討した。障害による得失を考慮し対処する責任の個人化や、社会的な共有の可能性について、リスク論や個人化論の分析から考察する見通しが得られた。他方、生活履歴の分析において、明確に医療化論との対比を示すための分析の焦点を見出すことが、今後の課題といえる。
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今後の研究の推進方策 |
【民間支援組織のフィールドワーク】東海地方の団体を中心に、セミナーやワークショップへの参加を継続する。民間支援組織に参加する多様な専門家のバックグラウンドを手掛かりにして、保護者以外にも調査対象者を拡大したい。教員の調査協力者を得ることが課題である。また地域の医療・療育機関、学校(特別支援学校を含む)、就労支援団体(作業所や授産施設を含む)、職場に関する情報収集を、可能な限り行いたい。生活履歴の分析という観点から、対象者のライフコースに関連する背景的知識を蓄積することが課題となるからである。 【インタビュー調査】保護者を対象としたインタビュー調査を継続するとともに、教員へのインタビュー調査を実施することを計画している。生活履歴と障害理解・対応の関連というテーマに沿い、適切な調査対象者を募ることが求められる。具体的には、勤務校種の異動や問題行動の経験によって、障害理解・対応に変容が生じた教員、などである。 【理論的位置づけ】インタビュー調査の分析において、明確に医療化論との対比を示すための分析の焦点を見出したい。発達障害概念を起点としつつ、狭義の医療的・教育的な障害理解・対応にとどまらない、生活履歴に関連するエピソードを収集、分析することが研究の目的である。初年度は、「親子関係」「学校との関係」「将来の見通し」の3テーマからの分析を行った。 学会報告などから浮かび上がった課題として、狭義の医療的・教育的な障害理解・対応と区別される広義の障害理解・対応について、より的確に位置づけることが挙げられる。そのため、第1に、より多くのインタビュー・データを収集することで、あまり知られていない広義の側面についての知見を充実化する。第2に、トラブルを説明したり、葛藤に対処したりするための「素人的な方法論」の分析枠組みを、感情社会学や生活史法などを手掛かりに精緻化する。
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次年度の研究費の使用計画 |
旅費の内訳は、インタビュー調査、他地域におけるセミナー、学会大会への参加のための交通費である。特に初年度は、他地域の先駆的団体によるセミナーへの参加、学会報告によって、データ分析をはじめとする研究の方向について大きな示唆を与えられた。23年度の旅費の使用は約8万円の計画に対して約22万円であった、今後はインタビュー対象者の拡大、データ分析手法の探索のため、同等かそれ以上の使用が見込まれる。 書籍・物品購入に関しては、約30万円の計画に対して初年度の使用は約14万円であった。特に書籍購入は発達障害に関する医学書・教育書購入によって最新の動向にキャッチアップする必要性が確認されたが、上記のセミナー・学会参加の必要性が相対的に大きいことも判明したため、初年度同等か、それ以下の使用に抑えられると考える。 謝金は若干予算を上回り、約3万円の使用であった。次年度も同様となる見込みである。なお最終年度には質問紙調査のデータ入力や分析のため、より謝金のウェイトが高くなることが見込まれる。
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