発達心理学者L.コールバーグが道徳教育方法論として提唱、実践したジャスト・コミュニティについて、これまで解明が不十分であった授業の役割を具体的に解明することを目的として、1960年代米国における新社会科の代表的なカリキュラムであり、歴史学者E.フェントンを中心にコールバーグ理論に基づき作成されたホルト社会科の改訂版テキストを、コールバーグの理論的立場である認知発達的アプローチの視点から分析した。 特に歴史学のテキストを分析した結果、改訂版テキストには初版テキストと比較して道徳教育に関わる特徴が2点あることを見出した。ひとつは、主に歴史的事象を題材として道徳的ディレンマの討論を行うことを新たに企図したことである。もうひとつは、ホルト社会科の下位目標に「価値づけ」を追加し、多くの単元でその学習内容に即した仕方で歴史上の社会や文化にみられる諸価値の位置づけを理解させ、その価値の現代的意味について考えさせる問いをテキストに記載したことである。 これらの特徴は、認知発達的アプローチの視点に立つことで次のように解釈できる。道徳的ディレンマの討論は、それを通じて生徒に認知的葛藤を引き起こして認知の再構造化を促すことで、コールバーグの提唱した道徳性発達段階における段階上昇をねらうものである。一方、歴史に現れる諸価値を考えさせる問いは、道徳性発達の土台となる社会的認知の変容を促すという自我発達的視点からみて、道徳的行為やそれを実生活で行う自己の意味を再構成する契機となると考えられる。 ジャスト・コミュニティにおける授業実践の実際の解明に至らなかったことは今後の課題として残されるが、上記のようにコールバーグ道徳教育論における授業の意義を、発達段階の上昇という従来指摘されてきた枠組みをこえて提示できたことは、本研究のオリジナリティある成果である。
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