今年度はMiklos Palfia氏(京都大学)と共同でCAT(1)空間上の弱凸関数の勾配流を研究し,論文を執筆した.CAT(1)空間とは,最短線で描いた三角形が単位球面より「痩せている」という意味で断面曲率が1以下の距離空間である.これより狭いクラスであるCAT(0)空間(三角形がユークリッド平面より痩せている,断面曲率が0以下の距離空間)については,10年ほど前までのJostやMayer,Ambrosio-Gigli-Savareの研究により,弱凸関数の勾配流の存在や一意性,関数の凸性に応じた収縮性などが知られていた.彼らの手法は,発展方程式の解の解析などに使われるDe Giorgiの「minimizing movement」の理論に沿ったものであるが,CAT(0)空間でしか成り立たない距離関数の強い凸性を使っており,そのままではCAT(1)空間に適用できなかった.Palfia氏との共同研究では,論文中で「可換性」と呼んだCAT(1)空間が満たす性質に着目することで,CAT(1)空間にMayerらの理論を拡張することに成功した.可換性は距離関数の第一変分についての等式であり,1点から出発する2つの最短線の間の角度が定義できるか(空間が「リーマン的」か)に関わる,それ自体興味深い概念である.可換性を用いてMayerらの理論をCAT(1)空間に拡張する方法はシンプルなもので,リーマン的な空間の本質を突いたものと言える.
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