クライン群に対して定義されているフォード領域の概念を,cut locusの観点から,錐特異点集合を許容する標準的な接球を含む錐双曲構造のものへと一般化し,本研究で「よい基本多面体」と呼ぶものが,それから得られる錐双曲構造に関する一般化されたフォード領域であることを示した.また,研究代表者が過去に作間誠,和田昌昭,山下靖の三氏との共同研究において構成した,4点穴あき球面クライン群と二橋結び目群を結ぶ錐双曲構造の基本領域も,この意味での一般化されたフォード領域であることがわかる. 昨年度までに行なった,よい基本多面体からBQ条件を導く研究において用いた閉測地線の実現に関する議論の中で,一般の錐双曲構造に対しては条件が不足していることが判明した.軌道体の錐双曲構造となる,ホロノミー表現の像が離散的な場合には追加の条件が不要であるため,その違いを精密に取り扱うための手法の開発が今後の重要な課題となる. 一方,穴あきトーラスクライン群に対してJorgensen理論において導入されたside parameterを,本研究で考察する錐双曲構造のものへと一般化した.さらに,昨年度までの研究で示すことのできた,BQ条件を満たす実表現に対するよい基本領域とside parameterの関係を詳しく調べ,side parameterがそれらの表現全体を一対一にパラメータづけることがわかった.考察している錐双曲構造は,錐角を2πへと大きくしていった極限においてはユークリッドトーラスへと退化することが期待されるが,錐双曲構造からユークリッド構造への退化をside parameterの観点から記述することに成功した.この成果は,本研究の主目的であった,よい基本多面体の観点からの錐双曲構造の大域的変形空間の記述を,実表現という部分空間に対しては得られたことを意味し,今後の一般の変形理論への重要な第一歩ととらえられる.
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