本研究課題では,正則ディリクレ形式から生成される対称マルコフ過程の経路解析を行い,次の成果を得た。 1.(一部は上村稔大氏(関西大学)との共同研究)経路が不連続な対称マルコフ過程に対して,保存性(粒子が状態空間内に留まる性質)の十分条件を与え,この条件は必要条件になり得ることも示した。以上の研究成果をまとめた論文は専門誌に掲載受理された。 2.(Xueping Huang 氏(FSJ Jena)との共同研究)重み付きグラフ上のマルコフ連鎖の upper escape rate を,グラフに適合した距離を用いて特徴づけた。Upper escape rate は保存性を定量化した概念であり,粒子が無限遠方に逃げる程度を示す指標である。本成果をまとめた論文は今年度に出版された。 3.(桑江一洋氏(熊本大学)との共同研究)対称ディリクレ形式の Silverstein 拡大(定義域の適当な拡大)の一意性を内在的距離によって特徴づけた。拡大の一意性は無限遠点の小ささを表し,対応するマルコフ過程が保存的ならば拡大は一意である。本研究では,対応するマルコフ過程は非保存的だが拡大は一意となる非局所型ディリクレ形式の例を与えた。 4.本年度はこれまでの研究を推し進め,対称マルコフ過程の upper escape rate を,マルコフ過程に「適合した長さ」を用いて評価した。さらに,この評価を利用して,生成作用素の係数の増大度が upper escape rate に与える影響を調べた。結果として,係数が退化する場合は,粒子が無限遠方に逃げる程度は小さくなることが明らかになった。 5.今年度はマルコフ過程をテーマとした研究集会「マルコフ過程とその周辺」,岡山周辺の研究者を対象とした「岡山解析・確率論セミナー」を共同で開催し,研究交流や情報交換を行った。本研究費の一部を講演者の旅費にあてた。
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