研究概要 |
背後に存在する複数の活動銀河核(AGN)を用いたマゼラニック・ブリッジ(MB)の多視線分光観測を行った。MBは大マゼラン雲(LMC)と小マゼラン雲(SMC)を結ぶ連結構造であり、両者の力学的相互作用によってつくられたと考えられているが、その明確な起源は分かっていない。この問題に、MB内部のガスの化学組成からせまるのが本研究の目的である。 すでにVLT/UVESによって取得されている7つのAGNの可視高分散スペクトル(R~40,000)のうち、十分なS/N比を持つ5天体に対してCa II H, K吸収線、Na I D1, D2吸収線の検出作業を行った。結果、視線方向による明らかな違い(吸収線が2つに分裂している場合や、そもそも吸収線が存在しないケースもある)が存在することを確認した。MBは遠方宇宙に存在するバリオンの貯蔵庫でもあるDLAの対応物である可能性があり、もしそれが事実であれば、従来のDLAに対する単独視線観測では偏った情報しか得られていない可能性があるというのも興味深い結果である。 VLT/UVESによる可視高分散分光観測に加え、2011年6月末にはHST/COSによる紫外高分散分光観測(R~20,000)を十分なS/N比が見込める3天体に対して行った。データのクオリティ(S/N ~ 10-15 [/pix])は十分なものであり、紫外域で強い吸収線をもつO I, Fe II, Si II, C II, Si IV, C IV などの検出が見込める。 今後のプロジェクト全体の方向性を共有すべく、年度末にはペンシルベニア州立大学の共同研究者を訪れ、互いの進捗状況を報告した。プロジェクト2年目以降は多波長で検出されたすべての吸収線を用いて光電離モデルを適用し、より詳細な物理量(金属量、電離状態、ガス密度、温度など)の定量的な3次元分布の再現を試みる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
既にVLT/UVESで取得されている5天体の可視高分散スペクトルの詳細な解析を行った。その結果、視線方向によるCa II H, K吸収線、Na I D1, D2吸収線の明らかな違いを確認した。吸収線の大まかなプロファイルはマゼラニック・ブリッジ(MB)の3次元内部構造を反映しており、吸収強度比はガスの化学組成やダスト存在量の違いを反映している可能性がある。また、Ca IIの吸収強度は一見したところSMCからの距離依存性がないように見えるが、SMCから最も離れた視線方向においてのみ検出されていないのは大変興味深い。 現在までに3つのMB形成シナリオが提案されている(LMC/SMC相互作用時におけるSMCからのガスの剥ぎ取り、SMCの銀河風による重元素汚染、局所的な星形成活動にともなう重元素汚染)。VLT/UVESの結果からは元素組成の非一様性がみられるため、MBの起源を「SMCからのガスの剥ぎ取り」にだけ求めるのは現実的ではない。残されたふたつのシナリオの更なる絞り込みには、紫外域の吸収線情報が不可欠である。 HST/COSによる紫外高分散分光観測は、特に目立ったトラブルもなく予定通り実行され、ほぼ期待通りのデータを取得することに成功した。とくに近傍宇宙に存在するMBに対しては重要な吸収線の多くが紫外域にとどまるため、詳細な光電離モデルを行うためには紫外スペクトルが不可欠である。一方で、可視域で検出されるCa II 吸収線はダスト量の評価で重要な役割を果たす。これらを総合的に再現しうる環境を、光電離モデルで再現することが次年度以降の目標である。
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